ピンク映画と聞くと、いまの感覚では「昔の成人映画でしょ」で終わりがちだ。たしかに大人向け映画ではある。ただ、それだけで片づけると、このジャンルが持っていた独特の匂いまでは見えてこない。
昭和の街には、今よりずっと「人に言いづらい娯楽」が目に見える形で残っていた。駅前の裏通り、古びた映画館、どこか怪しい看板、昼間からふらっと入っていく男たち。ピンク映画は、そんな風景の中で育った文化だった。
しかも面白いのは、これが単なるエロ商売では終わらないところだ。映画産業の生き残り策であり、若手監督の修業場でもあり、昭和の欲望や貧しさや孤独まで映し出す、妙に奥行きのあるジャンルでもあった。
この記事では、ピンク映画とは何だったのかを、映画館文化、時代背景、日活ロマンポルノとの違いまで含めて振り返っていく。
ピンク映画とは何か

ピンク映画とは、主に成人向けの性描写を含んだ日本の劇映画のことを指す。
ここで大事なのは、ただの見世物映像ではなく、あくまで「映画」だったという点だ。物語があり、登場人物がいて、監督がいて、脚本があり、その上で大人向けの要素が組み込まれていた。
もちろん、現在の感覚からすると雑な作品も多い。タイトル先行のものもあるし、話より見せ場優先の作品もある。ただ、その雑多さも含めてピンク映画の持ち味だった。
ざっくり言えば、ピンク映画にはこんな顔があった。
- 大人向けの娯楽映画
- 低予算の独立系映画
- 若手監督の修業場
- 表の映画では描きにくい欲望や孤独を映す映画
- 昭和の映画館を支えた裏通り文化
つまり、ピンク映画は「エロい映画」ではあるが、それだけではない。昭和の映画産業が苦しくなる中で生まれた、かなり泥臭いサバイバル文化でもあった。
ピンク映画が生まれた時代背景

ピンク映画の始まりとしてよく語られるのは、1960年代前半だ。
この頃の日本映画界は、すでに大きな曲がり角に入っていた。戦後しばらくの映画館は、いわば国民的娯楽の中心。家族で行く人もいれば、恋人同士で行く人もいたし、仕事帰りに一人で立ち寄る人もいた。
だが、テレビの普及で状況が変わる。家にいながら映像を楽しめるようになり、映画館の集客はじわじわ苦しくなっていった。
そうなると、普通の娯楽映画だけでは客を呼びにくい。そこで必要になったのが、家では見られないものを見せる映画だった。
この流れの中で、大人向けの映画は強みを持った。刺激があり、話題性があり、一定の観客を確保しやすい。綺麗な言い方をすれば時代の要請、身も蓋もなく言えば映画館の延命策である。
ピンク映画は、まさにその条件にぴったりはまった。
昭和の映画館とピンク映画の関係

ピンク映画を語る上で外せないのが、映画館という場所そのものだ。
今の映画館は、ショッピングモールの中にあって、明るく清潔で、家族連れやカップルでも入りやすい。だが昭和の映画館、とくに成人映画をかける館は、もっと雑多で、もっと後ろめたい空気をまとっていた。
駅前の裏通りや繁華街の外れに、小さな映画館がある。看板には刺激的なタイトル。ロビーは少し薄暗く、客層もどこか所在なげだ。堂々と楽しむというより、少し人目を気にしながら入る娯楽だった。
この感覚は、今のネット時代とはだいぶ違う。
今なら一人でスマホを見るだけで済むものが、当時はわざわざ街へ出て、映画館の暗闇に身を置かなければならなかった。そこには不便さもあるが、逆に言えば、欲望が街の中に存在していた時代でもあった。
ピンク映画館は、作品そのものだけでなく、その「入りにくさ」や「怪しさ」まで含めて文化だった。
低予算映画だからこその生々しさ

ピンク映画の大きな特徴は、低予算であることだ。
撮影期間は短い。セットも豪華ではない。スタッフの人数も限られる。大作映画のような余裕は最初からない。だが、この制約が逆に妙な迫力を生んだ。
部屋は狭い。照明は荒い。街の風景も飾り気がない。俳優の演技も、ときに不器用で、ときに妙に生々しい。整っていないからこそ、その時代の空気がそのまま映る。
メジャー映画が表通りの顔なら、ピンク映画は裏通りの顔だ。
安アパート、飲み屋街、旅館、工場の近く、古い商店街。そういう場所が何の飾りもなく出てくるから、後から見返すと、昭和の生活感がやたら濃い。
もちろん、全部が名作というわけではない。雑な作品も多いし、見る側を選ぶ世界でもある。ただ、その粗さの中に、いかにも昭和らしい体温が残っている。
若手監督の修業場としてのピンク映画

ピンク映画は、映画史の中で妙に重要な役割を持っている。
それが、若手監督の修業場だったという点だ。
予算が少ない。時間がない。条件は厳しい。それでも一本の映画を撮らせてもらえる。この環境は、若い作り手にとってかなり貴重だった。
普通、映画監督志望の人間がいきなり商業映画の中心に立つことは難しい。だがピンク映画の世界では、成人向け要素を入れるという条件さえ守れば、比較的自由に撮れる余地があった。
この「制約の中の自由」が、後の映画人を育てた。
客を呼ばなければならない。上映時間も守らなければならない。その一方で、自分のやりたい表現も入れたい。こういう現場は、映画作りの筋肉を容赦なく鍛える。
つまりピンク映画は、表の世界から見れば場末のジャンルに見えても、作り手からすると実戦型の映画学校のような場所でもあったわけだ。
若松孝二や日活ロマンポルノとの関係

ピンク映画をただの成人映画として片づけにくい理由の一つが、作家性の強い監督たちの存在だ。
中でもよく名前が挙がるのが若松孝二。性描写や暴力を扱いながら、社会への怒りや政治性まで混ぜ込んでいった。表向きは大人向け映画でも、その中身は妙に反骨的で、時代の苛立ちをそのまま叩きつけるような作品もあった。
このあたりが、ピンク映画を面白くしている。
高尚な芸術作品だけでもないし、単なる見世物でもない。商売と表現がごちゃごちゃに混ざっている。
また、よく混同されるのが日活ロマンポルノだ。
両方とも大人向け映画だが、厳密には別物である。
- ピンク映画
独立系中心の低予算成人映画 - 日活ロマンポルノ
大手映画会社の日活が展開した成人映画路線
ピンク映画が裏通りの小劇場文化なら、ロマンポルノは大手の撮影所システムを使った大人向け路線。近いようで、成り立ちも規模も違う。
ただ、観客から見ればどちらも「昭和の大人向け映画文化」の一角だった。ここは分けて考えると、当時の映画史がかなり見やすくなる。
なぜピンク映画は大きな文化になったのか
ピンク映画がここまで広がった理由は、難しくない。
需要があったからだ。
今ほど娯楽が細分化されていない時代、映画館はまだ強い場所だった。そして成人向けの映像を個人で自由に見る手段は少なかった。だからこそ、大人向け映画を上映する館には一定の客がついた。
作る側にとっても回しやすい。低予算で作れて、専門館で上映できて、次々に新作を供給できる。一本一本が超大作でなくても商売が成り立つ。
この感覚は、豪華レストランというより町の定食屋に近い。毎日まわる。常連が来る。たまに妙に記憶に残る一品が出る。ピンク映画には、そんな日常型の興行の匂いがあった。
もちろん、批判もあった。女性の描き方、搾取的な側面、安易な刺激の売り方など、いま見れば引っかかる部分は多い。そこは美化しすぎない方がいい。
ただ、それでもなお、このジャンルには時代の本音が濃く残っている。
AVとネットの時代で何が変わったのか

ピンク映画の立場が大きく変わるのは、ビデオの普及以降だ。
アダルトビデオが広まり、さらにネット時代が来ると、わざわざ映画館へ行かなくても大人向け映像が見られるようになった。これはピンク映画にとって決定的だった。
それまで映画館に集まっていた欲望が、個人の部屋へ移っていく。
この変化はかなり大きい。ピンク映画は、映像そのものだけでなく、映画館という場所とセットで成立していた文化だったからだ。
暗い客席、薄暗いロビー、ちょっと気まずい入口、街の片隅の看板。そういうものまで含めてピンク映画館だった。ところが、ビデオやネットはそれを全部いらなくしてしまった。
便利にはなった。
堂々と自慰行為に及べるようにもオナ…もとい、なった。
だがその代わり、街の中にあった怪しい入口も消えていった。
ピンク映画とは何だったのか

結局、ピンク映画とは何だったのか。
一言で言えば、昭和の映画館が生き残るために生まれた、大人向けの裏通り映画文化だった。
そこには、性描写があった。商売があった。場末の映画館があった。少し人に言いづらい欲望があった。だが同時に、若い作り手の修業場があり、表の映画では描きにくい孤独や怒りや生活感もあった。
上品な文化ではない。むしろ猥雑で、乱暴で、雑多だ。
でも、だからこそ残ったものがある。
きれいに整えられた表通りではなく、少し暗い裏通りの空気。堂々とは語られにくいが、たしかに人を集めていた娯楽。ピンク映画は、そういう場所に宿っていた昭和そのものでもあった。
あとがき
ピンク映画を今の感覚で見ると、どうしても古さはある。価値観のズレもあるし、雑に見える部分もある。現代の基準で見れば、気軽に持ち上げにくいところも少なくない。
それでも、これを全部「昔のエロ映画」で片づけると、少し惜しい。
そこには、テレビに押されて苦しくなる映画業界の事情があり、限られた条件で映画を撮り続けた作り手たちがいて、街の片隅でしか受け止められなかった欲望があった。表舞台にはなりきれないが、ちゃんと文化だったもの。その微妙な立ち位置が、いかにも昭和らしい。
いまは何でもスマホで済む時代だ。便利だし、昔よりよほど清潔でもある。けれど、街の裏通りにあった妙な熱気や、入りにくい映画館の入口に漂っていた空気までは、もうなかなか味わえない。
ピンク映画とは、作品だけの話ではなかった。
その映画を見に行く場所、その時間、その後ろめたさ、その時代の街の匂いまで含めた文化だったのだと思う。


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