ソープランドという名前は、冷静に考えると少し妙だ。
石けんを意味するソープに、いかにも昭和っぽいランド。やわらかい言葉なのに、意味はかなりはっきりしている。
ただ、この名前は最初からあったわけではない。
昔は長く「トルコ風呂」と呼ばれていた。
今の感覚で聞くと、かなり危うい。実在する国の名前が、そのまま日本の性風俗店の呼び名として定着していたからだ。しかも一部の人だけがそう呼んでいたのではなく、雑誌でも街でも普通に通じていた。
では、なぜそんな呼び名が生まれたのか。
そして、なぜ最終的にソープランドへ変わったのか。
今回は、営業の建前ではなく、名前そのものの歴史に絞ってたどっていく。
もともとのトルコ風呂は、健康的な蒸し風呂だった

本来のトルコ風呂とは、トルコや中東圏にある蒸し風呂文化を指す言葉だった。いわゆるハンマームで、身体を温めて汗を流し、垢を落とし、身を清める場所。日本でいえば銭湯やサウナに近い感覚もある。
戦後の日本では、こうした異国風の入浴文化が「外国っぽくてしゃれたもの」として受け取られた。今よりずっと海外の情報が少ない時代だから、言葉だけが先に一人歩きしやすかった。
最初から現在のソープランドのようなイメージだったわけではない。むしろ、ちょっとハイカラな蒸し風呂、少し大人向けの健康施設、そんな空気の中で広まっていったと考えたほうが近い。
ところが日本の夜の街に入ると、話は別になる。
個室がある。
女性従業員がいる。
身体を洗う、拭く、世話をする。
こうした要素が重なれば、昭和の繁華街がただの健康浴場で終わるはずもない。言葉の出発点は蒸し風呂でも、日本で広がった「トルコ風呂」は、次第に別の意味を帯びていった。
なぜ「トルコ」が夜の店の名前になってしまったのか

ここで効いていたのは、かなり雑な異国イメージだった。
トルコ。
中東。
宮殿。
ハーレム。
妖艶な美女。
秘密めいた蒸し風呂。
実際の文化とは関係なく、日本の中でこうした連想がごちゃ混ぜになり、「トルコ」という言葉に妙な色気が貼りついていった。昭和の広告や繁華街のネーミングは、この手の雑さにとても強い。
本場の蒸し風呂は性的サービスをする場所ではない。生活の中にある浴場文化だ。
それなのに日本では、「トルコっぽい風呂」という響きが、だんだん大人の店のイメージと結びついていった。
しかも当時は、外国の文化をかなりぼんやりと受け止めていた時代でもある。本当にその国にそういう文化があるのか、言葉の使い方として失礼ではないのか、そこまで気にされにくかった。
こうして「トルコ風呂」という言葉は、健康施設と夜の商売のあいだをふらつきながら、最終的には完全に夜の街の俗称として定着していく。
いわば、外国の名前を借りたまま、日本の欲望で中身を塗り替えてしまったようなものだった。
トルコ人から見れば、かなり失礼な呼び名だった

日本の中では当たり前のように通じていた「トルコ風呂」だが、当然ながらトルコの人たちから見れば話はまったく違う。
自分の国の名前が、外国で性風俗店の呼び名として使われている。
これが気分のいい話であるはずがない。
1984年には、日本にいたトルコ人留学生がこの呼称に強く抗議し、問題は一気に表へ出た。日本では何となく流されていた名称が、当事者の目線にさらされた瞬間だった。
言われてみれば当たり前だ。
国名を勝手に使い、しかも性的な商売の看板にしている。
こちらに悪気がなかったとしても、相手から見れば十分に不快で失礼だ。
この問題を語るとき、よく出てくる小話もある。
歌舞伎町には昔、「大使館」という名前のトルコ風呂系店舗があったとされる。すると「トルコの大使館」と紛らわしくなり、本物の大使館に妙な問い合わせ電話が入った、という話だ。
どこまでが街の伝説で、どこまでが事実かは少し幅があるにせよ、この手の話が語られること自体、当時のネーミング感覚がかなり雑だった証拠でもある。
夜の街のノリでつけた名前が、国際感覚の前ではまるで通用しなかった。
改名騒動の核心はそこにある。
業界はなぜ「ソープランド」という名前を選んだのか

では、なぜすぐに名前を変えなかったのか。
理由は単純で、「トルコ」という言葉がすでに強く定着していたからだ。看板で見ても分かる。雑誌に載っても分かる。会話に出しても分かる。業界にとっては、すでに説明不要のブランド名になっていた。
看板を替える。
チラシを替える。
マッチ箱を替える。
常連客に新しい名前を覚えてもらう。
手間も金もかかるし、何より分かりやすさが消える。だから業界としては簡単には動けなかった。
それでも問題が大きくなると、放置は難しい。そこで新しい名称を公募する流れになった。
ここがおもしろいところで、候補にはいかにも昭和らしい名前が並ぶ。
ロマン風呂。
浮世風呂。
どちらも味はあるが、全国区の名称としては少しクセが強い。
そんな中で選ばれたのが「ソープランド」だった。
ソープは石けん。
ランドは場所、空間、楽園。
意味としてはかなり分かりやすい。風呂のイメージを残しつつ、国名は外せる。横文字なので少し新しさもある。気の利いた名前かと聞かれると微妙だが、条件を満たす名前としてはかなり優秀だったのだろう。
結果として、このやや妙な新名称は定着に成功する。
名前が変わっても、夜の街の記憶は残った

こうして「トルコ風呂」は消え、「ソープランド」が残った。
ただし、名前が変わったからといって、街の空気まで一瞬で変わるわけではない。店の場所はそのまま、働く人も客も大きくは変わらず、変化したのはまず呼び方だった。
それでも、この改名は単なる看板の掛け替えではなかった。
昭和の日本が、外国の名前を軽く借りて夜の商売に使ってしまったこと。
その雑さに、当の国の人がはっきり異議を唱えたこと。
そして業界がようやく名前を改めたこと。
そこには、日本の夜の街の歴史だけでなく、時代の感覚の変化も詰まっている。
今では若い世代の中には、「トルコ風呂」という呼び名自体を知らない人も多い。そう考えると、ソープランドという新名称はかなりうまく上書きされたと言える。
だが、その名前の下には、国名を使ってしまった時代の雑さと、改名に追い込まれた夜の街の生々しい歴史がちゃんと眠っている。
あとがき
ソープランドという言葉には、どこか軽さがある。
でも、その軽さの裏には、わりと重たい経緯がある。
昔からそう呼んでいた。
みんなそう言っていた。
街でも雑誌でも通じていた。
そんな理由だけで流れていた名前が、ある日ふと、外から見た時の異様さを突きつけられる。改名騒動とは、そういう出来事だった。
トルコ風呂という名前は、昭和の夜の街の雑さをよく表している。
ソープランドという名前は、その雑さを何とか着地させた結果として残った。
ただの呼び名の変化に見えて、実はけっこう面白い。
夜の街の歴史は、こういう妙な名前の跡をたどるだけでも十分に味がある。


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