2022年、AV業界にかなり大きな法律が入った。
いわゆる「AV新法」。正式には「AV出演被害防止・救済法」と呼ばれる法律で、AV出演をめぐる契約トラブルや出演強要の被害を防ぐために作られた。
この法律は、名前だけ見るとかなり分かりやすい。出演被害を防ぐ。被害者を救済する。そこだけを見れば、反対しにくい法律に見える。
ただ、施行後の反応はかなり複雑だった。支援団体や法制定側からは「被害救済に使える法律」と評価された一方、実際に適正AVの現場で働く女優、男優、メーカー、制作関係者からは「現場を見ていない」「仕事が減った」「適正な業界だけが締め付けられる」という声も出た。
AV新法とは、いったい何だったのか。
この記事では、AV新法が作られた背景、法律の主な内容、そして業界に与えた影響を整理していく。
AV新法とは何か

AV新法は、2022年に成立したAV出演被害防止・救済法の通称。
正式名称はかなり長いが、簡単に言えば、AV出演契約をめぐる被害を防ぎ、出演者があとから契約を取り消したり、販売や配信の停止を求めたりできるようにした法律になる。
主なポイントは以下。
・契約時に契約書や説明書面を交付する義務
・契約書面の交付から1か月は撮影できない
・出演者は嫌な行為や撮影を断ることができる
・撮影後、出演者は公表前に映像を確認できる
・すべての撮影終了から4か月は公表できない
・公表後も一定期間、出演者は無条件で契約解除できる
・契約がない映像や解除後の映像は、販売や配信の停止を求められる
かなり強い内容だ。
普通の映像契約というより「あとから出演者が逃げられる道」を法律側が大きく残した形に近い。出演時に同意していたとしても、一定期間内であれば無条件で契約を解除できる。販売や配信の停止請求もできる。
被害者救済を目的にするなら、たしかに強い武器になる。問題は、その強さがそのまま適正な制作現場にも乗ったことだった。
制定のきっかけは成年年齢の引き下げだった

AV新法が急いで作られた背景には、2022年4月の成年年齢引き下げがある。
日本では、それまで20歳が成年だった。ところが民法改正によって、2022年4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられた。
これにより、18歳と19歳は親の同意なしに契約できるようになった。一方で、それまで未成年者として持っていた「未成年者取消権」が使えなくなる。
未成年者取消権とは、ざっくり言うと、未成年者が親の同意なしに結んだ契約をあとから取り消せる権利のこと。悪質な契約や判断力につけ込む契約から若者を守るための仕組みでもあった。
そこで問題になったのが、18歳・19歳のAV出演契約だった。
成年年齢が18歳になれば、18歳や19歳がAV出演契約を結んだ場合、未成年者取消権では取り消せなくなる。出演強要や騙しに近い勧誘があった場合、あとから救済できないのではないか。そういう懸念が強まった。
この流れで、AV出演契約に特化した救済法として作られたのがAV新法だった。
つまり、AV新法は最初から「AV業界全体をどう設計するか」という落ち着いた議論から生まれた法律ではない。成年年齢引き下げによって生じる穴をふさぐため、かなり急いで整えられた法律という面がある。
ここが、あとで現場とのズレにつながっていく。
法律の目的自体は否定しにくい
AV新法の目的は、出演強要や契約トラブルの防止、そして被害者救済だ。
この目的そのものは、簡単に否定できない。
過去には、AV出演をめぐって「内容をよく知らないまま契約させられた」「断れない空気に追い込まれた」「あとから販売停止を求めても難しかった」といった問題が語られてきた。AVは一度公開されると、映像が長く残る。本人の人生に与える影響も大きい。
だからこそ、出演者があとから契約を解除できる。映像の販売や配信停止を求められる。契約前に説明を受け、撮影まで考える期間を置く。こうした仕組みは、被害防止の発想としては分かりやすい。
支援団体や法制定側が肯定的に評価したのも、この部分だった。
「出演者があとから逃げられる道を作る」
「18歳・19歳の若年層を守る」
「契約書面や説明義務を明確にする」
「販売停止を求められる仕組みを持たせる」
こうした点は、たしかに救済法として意味がある。
ただし、ここで見落とされがちなのが、AV出演者の全員が「被害者」ではないという現実だった。
自分の意思で出演している人もいる。職業として選んでいる人もいる。プロとして活動し、出演料で生活している人もいる。適正AVの現場には、事務所、メーカー、監督、男優、スタッフ、流通など、多くの仕事がつながっている。
AV新法は「被害者を救う法律」として作られた。
しかし、そのルールは「自分の意思で働いている出演者」や「法律を守って制作している現場」にも同じようにかかった。
ここに、かなり大きなねじれがある。
現場で問題になった1か月・4か月ルール

AV新法で特に現場から不満が出たのが、1か月・4か月ルールだ。
契約書面などの交付から1か月は撮影できない。
すべての撮影終了から4か月は公表できない。
このルールは、出演者に考える時間を与え、撮影直後の勢いや圧力で公開まで進んでしまうことを防ぐ意味がある。被害防止の考え方としては筋が通っている。
ただ、制作現場から見ると、かなり重い。
AVは、出演者の予定、男優の予定、監督、カメラ、照明、メイク、スタジオ、編集、発売スケジュールが細かく絡む。契約から撮影まで1か月空ける必要があると、急な企画変更や代役の調整がしにくくなる。
さらに、撮影終了から4か月間は公表できない。メーカー側は、撮影費や出演料などのコストを先に払っても、作品を売れるのはかなり先になる。資金に余裕のある大手なら耐えられても、中小メーカーにとってはかなり重い。
現場から出た不満は、だいたいこのあたりに集中する。
・撮影スケジュールが組みにくい
・体調不良や急なキャンセル時の代役が難しい
・作品公開まで時間がかかり、資金回収が遅れる
・新人へのオファーが減りやすい
・小規模メーカーほど負担が大きい
・適正に契約している現場ほどルールを守るために苦しくなる
ここで重要なのは、ルールを守らない違法な現場ほど、そもそも法律を無視する可能性があること。
一方で、適正に契約書を交わし、出演者の意思確認をし、販売ルートも明確なメーカーほど、法律を守るためにコストが増える。
つまり、AV新法は「悪質な現場を止める」ための法律だったはずなのに、実際には「きちんとした現場ほど重くなる」という逆転が起きやすかった。
これが、業界側から強い反発が出た大きな理由だ。
AV女優側からも出た「守られ方」への違和感
AV新法をめぐって特徴的だったのは、メーカーや制作側だけでなく、出演者側からも不満が出たことだ。
特に適正AVで活動する女優たちからは「自分たちの仕事が被害前提で見られている」という違和感が語られた。
AV出演には、もちろん被害やトラブルの問題がある。そこを無視してはいけない。ただ、すべての出演者が騙されているわけでも、強制されているわけでもない。
自分で選んで出演している人もいる。職業としてプライドを持っている人もいる。名前を出して活動し、ファンを持ち、SNSで発信しながら仕事をしている人もいる。
そうした人たちから見ると、AV新法は「守ってくれる法律」であると同時に、「仕事を奪う法律」にも見えた。
たとえば、撮影までの待機期間が長くなれば、出演機会は減る。メーカーが新人起用に慎重になれば、新しく業界に入る人のチャンスも減る。作品公開まで時間がかかれば、収入の流れも遅くなる。
もちろん、被害者を守るための法律だから、多少の負担は仕方ないという考え方もある。
ただ、現場の女優たちが感じたのは、そこだけではなかった。
自分たちの声が十分に聞かれないまま、「AVに出る人は守られるべき弱者」として一括りにされた。その感覚が、反発を強めたように見える。
法律は人を守るためにある。
でも、守られる側とされた人が「その守られ方は違う」と感じるなら、そこには制度設計のズレがある。
AV新法の難しさは、まさにここだった。
支援側の評価と、現場側の反発

AV新法への評価は、大きく二つに分かれた。
ひとつは、支援団体や法制定側からの評価。
出演強要や契約トラブルの被害者にとって、契約解除や販売停止を求められる制度は大きな意味がある。特に、18歳・19歳の若年層が未成年者取消権を使えなくなったタイミングでは、何らかの救済制度が必要だった。
もうひとつは、現場側からの反発。
適正AVの出演者や制作関係者から見ると、法律の目的は理解できても、1か月・4か月ルールや解除権の強さが、実務に重くのしかかる。しかも、違法な個人撮影や地下的な制作に対してどこまで実効性があるのかという疑問も残った。
ここで単純に「どちらが正しい」と分けると、話が雑になる。
被害救済は必要。
でも、現場の実務を無視すると、適正な仕事まで壊れる。
適正な仕事が壊れると、ルールを守らない場所へ人が流れる危険もある。
AV新法をめぐる議論は、この三段階で見た方が分かりやすい。
・出演強要や契約トラブルを防ぐ必要はある
・ただし、適正な出演者や制作現場まで過度に縛ると仕事が成り立たない
・適正な場所が弱ると、かえって見えにくい場所へ流れるリスクがある
つまり、AV新法の問題は「守るか、守らないか」ではない。
どう守るのか。誰の声を聞いて制度を作るのか。どこまで現場に合ったルールにするのか。
そこが一番の論点だった。
AV新法で業界はどう変わったのか
AV新法によって、業界にはいくつかの変化が起きた。
まず、契約や説明の手続きが重くなった。書面の交付、説明、撮影までの待機期間、公表までの期間、解除リスク。これらを管理する必要があるため、メーカーやプロダクションの事務負担は増える。
次に、撮影から公開までの時間が長くなった。作品を撮ってもすぐには出せないため、制作費の回収が遅れる。体力のないメーカーほど厳しくなる。
さらに、新人起用への慎重さも出やすい。新人はあとから不安になる可能性もあるし、契約解除のリスクも読みづらい。そうなると、メーカーはすでに関係性のある出演者や、継続して活動している女優を優先しやすくなる。
結果として、次のような影響が語られるようになった。
・制作本数の減少
・新人女優へのオファー減少
・中小メーカーの負担増
・出演者の収入減
・同人AVや個人撮影への流れ
・適正AVと非適正な撮影の差が広がる懸念
もちろん、これらの影響をすべてAV新法だけのせいにするのは乱暴だ。AV業界は配信化、違法アップロード、素人系コンテンツ、SNS集客、サブスク化など、もともと大きな変化の中にあった。
ただ、AV新法がその流れにさらに重い制度負担を加えたのは間違いない。
特に「ルールを守っている場所ほど苦しくなる」という感覚は、現場側の不満として残り続けている。
「AV新法は失敗だった」と言い切れるのか
AV新法については、かなり強い批判もある。
現場を見ていない。
急いで作りすぎた。
適正AVだけを締め付けた。
出演者の仕事を奪った。
業界への差別意識がある。
こうした批判には、たしかに一定の説得力がある。
ただ、だからといって「AV新法は完全に失敗だった」とだけ言うと、これも少し違う。
AV出演をめぐる被害が存在したことは事実だ。契約トラブルや強要、販売停止の難しさ、若年層の保護など、法律が必要とされた背景もある。救済の道がなかった人にとって、契約解除や販売停止請求の制度は重要な意味を持つ。
問題は、法律の目的ではなく設計だった。
AV新法は、被害者救済のために作られた。
しかし、実際には被害者だけでなく、職業として出演する人、適正に制作する人、業界で生活する人にも同じルールをかけた。
その結果、「被害を防ぐ法律」が「仕事をしにくくする法律」として受け止められる場面が出た。
AV新法を一言でまとめるなら、不要な法律というより、現場を見ないまま急いで作られた救済法。
善意はあった。
救済の必要性もあった。
でも、その善意が現場の生活や仕事の仕組みにどう当たるかまでは、十分に詰め切れていなかった。
そこに、この法律の一番の問題がある。
今後必要なのは廃止ではなく、現場を見た見直し
AV新法には、見直しを前提にした考え方も入っていた。
そもそも、これほど大きな影響を持つ法律を一度作って終わりにするのは無理がある。被害救済の仕組みは残しながら、実際の現場に合わない部分をどう直すか。そこが重要になる。
見直しの論点としては、たとえば次のようなものが考えられる。
・1か月ルールをどこまで一律にするのか
・4か月公表禁止期間は現実的なのか
・継続的に活動している出演者と新人を同じ扱いにするべきか
・代役や再撮影など、現場で起きる例外にどう対応するか
・適正AVと違法・非適正な撮影をどう分けるか
・被害救済の窓口や周知をどう強化するか
・販売停止請求の実効性をどう確保するか
大事なのは、被害者支援側だけの声でも、業界側だけの声でも足りないということ。
出演被害を受けた人。
現役で出演している人。
元出演者。
メーカー。
監督。
男優。
制作スタッフ。
支援団体。
法律家。
本来は、こうした複数の声を聞いたうえで、制度を調整していく必要がある。
AVというテーマは、どうしても感情的に語られやすい。
「AVは悪だ」と決めつける人もいれば、「規制は全部いらない」と反発する人もいる。
でも、現実はその中間にある。
被害はある。
仕事として選んでいる人もいる。
適正に作ろうとしている現場もある。
一方で、ルールの外側に逃げる悪質な場所もある。
だからこそ、制度は雑に作れない。AV新法が投げかけたのは、AVをどう見るかという話だけではなく、性産業で働く人の権利と保護をどう両立させるかという、かなり重い問いだった。
あとがき
AV新法は、かなり変な法律だったと思う。
もちろん、出演強要や契約トラブルから人を守る仕組みは必要だ。映像が一度出てしまえば、人生への影響は大きい。若い人が十分な理解のないまま契約してしまう危険もある。そこを放置してよかったとは言えない。
ただ、AV新法は「被害を防ぐ」という目的が前に出すぎた結果、職業としてAVに関わっている人たちの現実をうまく拾えなかった。
AVに出る人は、すべて救われるべき被害者なのか。
AVに出ることを選んだ人の意思は、どこまで尊重されるのか。
被害者を守るための法律が、別の出演者の仕事を減らす時、そのバランスはどう取るのか。
このあたりを曖昧にしたまま、「とにかく守る法律」として作ったから、施行後に強い反発が出た。
AV新法とは何だったのか。
それは、出演被害を救うために作られた法律でありながら、AVで働く人たちの声を十分に拾えなかった法律でもある。
善意で作られた法律が、必ずしも現場を救うとは限らない。
むしろ、現場を見ない善意は、ときどき妙に強い刃物になる。
AV新法の話は、AV業界だけの話ではない。
誰かを守るためのルールを作る時、その「誰か」の中に本当に当事者が入っているのか。そこを考えないと、救済の言葉だけがきれいに残り、現場には別のしわ寄せが落ちる。
この法律が問いかけているのは、たぶんそこだ。


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