西川口はなぜ風俗街として有名だった?浄化作戦と街の変化、そして現在まで

埼玉県川口市にある西川口。

いまこの街の名前を聞けば「ガチ中華が食べられる街」という印象を持つ人も多いかもしれない。

ところが、少し上の世代に同じ質問をすると、まったく違う答えが返ってくることがある。

「風俗の街」

しかも、単に風俗店が何軒かあったというレベルではない。

2000年代前半には「NK流」という言葉まで生まれ、西川口という駅名そのものが男たちの間で妙に意味深な響きを持つほどの一大歓楽街になっていた。

しかし、その風俗街は警察による大規模な取り締まりで急速に姿を消す。

そして現在。

かつてエロ目的の男たちが集まった街には、本場さながらの中国料理を求めて人々が集まっている。

性欲から食欲へ。

いったい西川口で何が起きたのか。

今回は、なかなか振れ幅のおかしい西川口の歴史を追っていこう。



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西川口は最初から風俗の街だったわけではない

西川口駅が開業したのは1954年。

そして1970年ごろになると、西口近くに「鉄塔横丁」と呼ばれる一帯が生まれた。

地元商店会の記録によると、この周辺は鋳物工場で働く工員や建築作業員などが仕事終わりに息抜きをする繁華街として発展していったという。

酒を飲む。

飯を食う。

遊ぶ。

疲れた男たちが仕事帰りに羽を伸ばす場所という、実に分かりやすい歓楽街の始まりだった。

その後は飲食店や娯楽店なども増え、1970~80年代にはキャバレーで芸人や歌手のショーまで行われていた。

つまり当時の西川口は、エロ一辺倒の街ではない。

飲食、酒、娯楽、女性のいる店などが集まった総合的な「夜遊びの街」だった。

迷路亭愛

西川口って、最初からエッチなお店だらけだったわけじゃないの。飲んで食べて遊べる、昔ながらの歓楽街だったのよ。



なぜ西川口に大量の風俗店が集まったの?

では、そんな普通の歓楽街が、なぜ全国的に知られる風俗街へ変わったのか。

転機になったのが1990年代だった。

バブル崩壊後、それまで街を支えてきた飲食店や娯楽店などが衰退し、西口には空き店舗が増えていく。

その一方、もともと西川口には歓楽街としての土台があり、夜の店を営業しやすい雑居ビルなども存在していた。

そこへ違法な性風俗店が次々と入り込んでいった。

新風営法施行以前から営業していた既存店の周辺には、本来店舗型の性風俗営業が認められていない区域にも違法店が増加。

1990年代から2000年代前半にかけて一大集積を形成していった。

つまり、ある日突然西川口へエロい店が200軒ほど召喚されたわけではない。



もともとあった歓楽街。

バブル崩壊後の空き店舗。

そこへ入り込む違法風俗店。

さらに客が集まるから新しい店も集まる。


そんな循環によって、街全体が巨大な風俗街へ変わっていったわけだ。




西川口を全国区にした「NK流」とは?

そして2000年代前半。

西川口の名をスケベ方面で全国区にした言葉が登場する。

「NK流」である。

N=西

K=川口

つまり「西川口流」

何が西川口流だったのかというと、当時の一部店舗では性交を含むサービスが公然と行われていた。

いわゆる「本サロ」「本ヘル」などと呼ばれた違法営業である。

「NK流」は特定の一店舗が考案したサービス名というより、西川口一帯で広がったこうした営業スタイルを象徴する言葉として知られるようになった。

最盛期の違法風俗店については資料によって数字に幅があるものの、200店前後ともいわれる規模。

安価に遊べることでも知られ、雑誌や口コミ、インターネットを通じて評判が広がり、遠方から西川口を目指してやって来る客までいた。

吉原ならソープ。

歌舞伎町なら巨大歓楽街。

そして当時の西川口には「NK流」。

地名を二文字に縮めただけでエッチな意味が通じてしまうという、なかなかとんでもないブランドが完成してしまったのである。

迷路亭愛

「NKって何のブランド?」と思った人、残念。西川口よ。
しかも当時は、この二文字だけでピンと来る男性もいたの。



2004年から始まった西川口の「浄化作戦」

しかし、違法営業がこれだけ巨大化すれば警察も黙ってはいない。

2004年、西川口でも違法風俗店に対する取り締まりが本格化。

その後、一斉摘発や立ち入りなどが繰り返され、2007年ごろまでには大半の違法店が廃業へ追い込まれたとされる。

ここで間違えやすいのが、

「警察が西川口の風俗店を全部追い出した」

という話ではないこと。

問題になった中心は、営業できない地域で店を開いたり、認められていない性的サービスを行ったりする違法店だった。

性風俗営業そのものを街から完全排除したわけではない。

とはいえ、当時の西川口を支えていた大量の違法店が次々と消えれば、街の景色は一変する。

何年もかけて膨らんだNK流の風俗街は、わずか数年ほどでほぼ崩壊してしまった。



エロを追い出したら街まで寂しくなった

違法店をなくして街がきれいになりました。

めでたし、めでたし。

……とはならなかった。

西川口の風俗街には、風俗店だけが存在していたわけではない。

遊ぶ前に飯を食う。

遊んだ後に酒を飲む。

そこで働く女性が客と「同伴」や「アフター」で一般の飲食店を利用する。

客や従業員を乗せるタクシーも走る。

巨大な風俗街の周囲には、それを相手にする普通の商売まで含めたひとつの経済圏が出来上がっていた。

ところが大量の風俗店が消えれば、その客も一緒に消える。

実際、当時を知る地元飲食店関係者は、摘発によって街がクリーンになった一方で一般の飲食店まで客を失い、「空洞化」が起きたと振り返っている。

風俗店が閉まる。

客が来なくなる。

飲食店まで暇になる。

空き店舗がさらに増える。

浄化には成功したものの、街を動かしていた巨大なエンジンまで一緒に引っこ抜いてしまった格好だった。

迷路亭愛

違法営業をなくすのは当然としても、エロ店に来ていた人のお金って、その店だけに落ちてたわけじゃないのよね。

街って意外と複雑なの。



風俗の街からB級グルメの街へ!……なるはずだった

このままではマズい。

そこで地元では西川口を別の形で盛り上げようと、街の再生が始まった。

そのひとつが、なんと「B級グルメの街」

2008年には国の地方再生事業の支援を受け、西川口西口をB級グルメタウンとして再生する計画が進められた。

2009年には西川口で「川口B級グルメ大会」も開催されている。

昨日までエロで有名だった街が、今度はメシで勝負。

この節操のない切り替え、嫌いじゃない。

ただし、

「西川口がB級グルメの聖地になりました!」

……とはならなかった。

イベント自体は盛り上がったものの、現在の西川口を代表するイメージになったのは別の食文化だった。


いつの間にか「ガチ中華」の街になっていた

浄化作戦後、街には大量の空き店舗が残った。

その一方で、川口市周辺では外国人住民が増えていく。

川口市が2024年に公開した資料では市内の外国人住民は約4万人。その中で最も多い国籍が中国だった。

そうした人口の変化も背景に、西川口では2000年代後半ごろから中国料理店が目立って増え始める。

ここが面白いところ。

誰かが、

「風俗街を潰したから、ここに中華街を作ろう!」

と巨大な門を建てて計画的に作ったわけではない。

中国出身の住民が日常的に利用する飲食店や商店が自然に集まり、結果として中国各地の料理を食べられる街へ変わっていった。

四川料理だけではない。

中国東北地方など、一般的な日本の中華料理店ではなかなか見かけない地域色の強い料理まで味わえる。

いわゆる観光地型の中華街とは少し違う。

現地出身者向けの味が集まったことから「ガチ中華」と呼ばれ、その本場感を求めて日本人まで西川口へ食べに来るようになった。

かつて遠方からスケベな男を呼び寄せていた街が、今度は遠方から食いしん坊を呼び寄せている。

人間の欲望を吸い寄せる能力だけは、どうやら失っていなかったらしい。



2026年現在、西川口に風俗店はもうないの?

2026年現在、西川口は完全に健全なグルメタウンへ生まれ変わり、

エッチな店は跡形もなく消えたのか?

そこまで単純でもない。

まず、かつてのように大量の違法風俗店が密集し、「NK流」の名前で全国から男性客が押し寄せるような街ではなくなった。

その意味で、昔の巨大風俗街としての西川口はすでに過去のもの。

一方で、夜の店や性風俗営業そのものが西川口から完全に消えたわけではなく、普通にソープランドは数件あるしデリヘルやホテヘルの受付や案内店は西川口の一部の地域で軒を連ねている。

そしてそれらのお店になくなてはならないラブホテルも駅前には数件あり普通に風俗街は西川口に存在し続けている。

さらに言えば違法風俗店がゼロになったわけでもない。

2024年12月には西川口駅東口付近で、営業禁止区域において性風俗店を経営した疑いなどで店舗が摘発された。

2025年9月にも西川口1丁目で、公衆浴場として届け出た店舗が追加料金を受け取って性的サービスを提供していたとして、経営者らが風営法違反の疑いで逮捕されている。

つまり

「西川口の風俗は浄化作戦で完全消滅した」

というのは少し違う。

正確には

「NK流と言うシステムのお店が壊滅した」

というだけである。

現在の西川口には、普通に暮らす人がいて、中国やアジア系を中心とした飲食店があり、昔から続く商店もあり、その隙間には夜の店もある。

昭和から2000年代前半までの西川口とは、かなり違う街になった。



西川口は「欲望が集まる街」のままだった?

かつて西川口駅では、夜になると多くの男たちが風俗街を目当てに電車を降りた。

2000年代前半のような「NK流」の巨大な違法風俗街は姿を消したものの、西川口から風俗そのものがなくなったわけではない。

現在もデリヘルの案内所や受付、ソープランドなど、夜の街としての顔はしっかり残っている。

そして、そこへ新たに加わったのがガチ中華。

火鍋、羊肉串、中国各地の郷土料理を求めて、西川口までわざわざ足を運ぶ人も増えた。

つまり西川口は、エロの街から食の街へ生まれ変わったわけではない。

違法風俗街から食欲と性欲のハイブリッドな街へ


欲望がひとつ増えただけ


今も西川口はいろんな意味で人を引き寄せる街なのである。

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