複数人で一人を取り囲み、殴る、蹴る、衣服を無理やり脱がせる。そして、その様子をスマートフォンなどで撮影し、インターネットに公開する。
中国のSNSやニュースサイトでは、こうした集団暴行や辱めを伴う事件がたびたび報じられてきた。
学校でのいじめだけではない。不倫相手とされた女性への報復など、成人同士のトラブルでも同じような行為が確認されている。
日本でもいじめや暴行を撮影した動画の拡散が社会問題になっているが、中国の事件では、相手の衣服を脱がせたり、大勢の前で辱めたりする行為が特に印象に残る。
もっとも、中国でこうした事件が他国より多いことを証明する国際的な比較統計は見当たらない。ネット上で動画が目立つことと、実際の発生率が高いことは別の問題だ。
それでも、中国では暴行動画の撮影・公開が大きな社会問題になり、国営メディアまでが動画を分析する調査を行ってきた。
今回は2003年の香港で起きた有名な校内暴力事件から、中国大陸のいじめ、不倫報復、ネット私刑の歴史をたどりながら、なぜ暴力を撮影し、他人に見せつけようとするのかを考えてみたい。
2003年、香港で起きた「人肉沙包」事件
2003年、香港の新界喇沙中學(De La Salle Secondary School)で、一人の男子生徒が複数の同級生から繰り返し暴行を受ける事件が起きた。
教室などで男子生徒が殴られ、蹴られ、椅子や机まで使って攻撃される。その一部始終が撮影され、インターネット上に流出した。
被害生徒は、当時の報道で「人肉沙包」と呼ばれた。日本語にすれば「人間のサンドバッグ」という意味だ。
この事件は香港で大きなニュースとなり、2003年末には警察が捜査に乗り出した。11人の生徒が逮捕され、翌2004年には裁判が行われている。
始まりは「ゲームに負けたら殴られる」という遊びだった
2004年2月20日付の香港紙『太陽報』には、事件が始まった経緯について興味深い記述がある。
裁判で示された資料によると、発端は2003年10月ごろ、生徒たちが行っていた知力を試すゲームだったという。
そのゲームでは、負けた生徒が殴られることになっていた。
当初は腕を軽くぶつける程度の行為だったと弁護側は説明しているが、次第にエスカレート。被害生徒は繰り返し暴行を受けるようになり、ついには「人間のサンドバッグ」と化してしまった。
さらに裁判資料には、ある加害生徒が、ほかの生徒による暴行を撮影する機会を逃したことを残念がっていたとの記述まである。ただし、本人はその発言を否定している。
ここで注目したいのは、2003年という時代に、すでに暴力を撮影し、それを他人に見せること自体が加害行為の一部になっていたという点だ。
加害生徒への処分と12年後の再拡散
加害生徒たちは裁判にかけられ、更生施設への収容や保護観察など、それぞれの事情に応じた処分を受けた。
事件は当時の香港社会に強い衝撃を与え、学校側の対応も問題となった。
しかし、この事件は2004年に終わったわけではなかった。
2015年9月、事件を撮影した動画が再びネット上で拡散。香港の『Young Post』は、12年前の事件が再び話題になっていることを報じた。
当時はスマートフォンもTikTokも存在せず、YouTubeのサービス開始は2005年のこと。それでも撮影された暴行動画はネット上に流出し、10年以上が過ぎても人々の目に触れ続けていた。
上のYouTube動画は、この事件を後年振り返った香港の解説動画だ。
なお、香港は中国大陸とは異なる法制度やインターネット環境を持つ地域であり、この事件が中国語圏で最初に流出した校内暴力動画だったと確認されているわけではない。
ただ、2000年代初頭にはすでに、校内暴力を撮影してネット上に流す行為が社会問題化していたことを示す重要な事件である。
参考資料:
太陽報「新界喇沙學生玩輸淪為沙包」(2004年2月20日)
Young Post「2003年の暴行動画が再拡散」(2015年9月9日)
2010年代、中国大陸でも「校园暴力」動画が社会問題に
その後、中国大陸でも学校内のいじめや暴行を撮影した動画が繰り返し話題になるようになった。
中国語で学校内の暴力を意味するのが「校园暴力(シャオユエン・バオリー)」。校内いじめには「校园霸凌」「校园欺凌」という言葉も使われる。
インターネット上に広まった動画には、一人の生徒を複数人で取り囲んで殴る、蹴るといった暴行のほか、土下座や謝罪、脱衣を強要するものも存在した。
2016年、中国の国営テレビ局CCTVは、この問題について大規模な取材を行っている。
CCTVが校内暴力動画100本を分析
CCTVの記者は、ネット上に公開されていた校内暴力動画100本を収集し、その内容を分析した。
2016年11月25日に発表された調査結果は、かなり衝撃的なものだった。
| 動画で確認された行為・状況 | 割合 |
|---|---|
| 平手打ちによる暴行 | 80% |
| 蹴る行為 | 78% |
| 言葉による侮辱 | 74% |
| 3人以上による暴行 | 約70% |
| 周囲に傍観者がいる | 87% |
| 被害者が抵抗していない | 92% |
このほか、被害者に謝罪させる、土下座させる、自分で自分を殴らせる、衣服を脱がせるといった人格的な侮辱も報告されていた。
調査対象の動画で確認された被害者は女子生徒が約85%を占め、加害者についても女子生徒が約82%を占めていた。
もっとも、この調査はネット上に公開された100本の動画を分析したものであり、中国全土のいじめの実態や男女比を示す統計ではない。
それでも、ネット上に出回る校内暴力動画には、複数人による一方的な暴行と、周囲でそれを見物する人々が目立つことが分かる。
現地ニュース映像:
CCTV「百个『校园暴力』网络视频背后」(2016年11月26日)
上記のリンク先はCCTVの公式ニュース動画ページ。調査の詳しい内容は、以下の報道記事でも確認できる。
澎湃新聞「解码百部校园暴力视频」(2016年11月25日・CCTV報道の転載)
なぜ相手を全裸にするのか?「扒衣」と公開羞辱
中国の校内暴力や集団暴行を扱った報道では、「扒衣」「扒光衣服」などの表現が登場することがある。
「扒衣」は衣服を無理やり脱がせること、「扒光衣服」は衣服をすべて脱がせることを意味する。
単なる暴行に加えて、相手を裸にする行為が行われるのはなぜなのだろう。
考えられる理由の一つは、相手を肉体的に傷つけるだけでなく、大勢の前で辱めることを目的としているというものだ。
自分の身体をいつ、誰に見せるかという選択は、本来その人自身に委ねられるべきもの。その自由を奪い、人前で衣服を脱がせることは、身体的な暴力と同時に、尊厳やプライバシーに対する攻撃にもなる。
さらに、それを動画や写真に記録してネット上に公開すれば、被害者は事件現場から離れた後も辱められ続けることになる。
つまり、相手を殴ることと、裸にして撮影することでは、加えようとしている被害の性質が異なるのだ。
もちろん、すべての加害者がそのような目的を明確に意識しているとは限らない。集団の勢いで行為がエスカレートする場合も考えられる。
ただ、こうした辱めのための脱衣行為は中国に限ったものではなく、世界各地で確認されている。中国だけに特有の文化や民族性によって説明できる現象ではない。
不倫相手を裸にして辱める「打小三」という報復
脱衣を伴う集団暴行は、学校内のいじめだけではない。
中国では、不倫や浮気をめぐるトラブルでも、相手を大勢の前で辱める事件が報道されてきた。
中国語で「小三(シャオサン)」とは、一般的に不倫相手や愛人を指す俗語だ。「原配」は元からの配偶者、特に正妻を指す。
そして「打小三」は、不倫相手とされる人物への暴行を意味する。
2014年、路上で女性が脱衣暴行を受けた事件
2014年10月10日、中国河南省濮陽県で、一人の女性が複数の女性から路上で集団暴行を受ける事件が発生した。
被害女性は衣服を無理やり脱がされ、その姿を撮影された。事件後、ネット上には「不倫相手が正妻に暴行された」といった趣旨の説明とともに、被害女性の裸体が写った写真が大量に拡散された。
現場には複数の見物人がいたが、暴行を止めようとする人は確認できなかったという。
この事件で特に問題になったのは、暴行だけではない。
被害女性の裸体が写った写真を、ネットユーザーや一部のサイトが十分な加工をしないまま転載し続けたことだった。
10月13日付の『鄭州晩報』では、こうした写真の拡散自体がプライバシーを侵害するとして、弁護士の見解とともに問題を取り上げている。
さらに興味深いのは、被害女性が本当に不倫相手だったのかどうかが、当時確認されていなかったという点だ。
警察は、ネット上で言われている「小三」という説明は推測にすぎず、暴行の原因についても捜査中だと説明していた。
つまり、不倫相手だったという事実さえ確認されないまま、女性は暴行を受け、その裸の写真をインターネット上に晒されてしまったことになる。
警察は暴行に関わった女性たちについて、当時の強制わいせつ・女性侮辱に関する容疑で刑事事件として捜査を開始。その後、関係者の一人が身柄を確保されたことも報じられている。
出典:人民網・鄭州晩報「女子疑被当小三遭当街扒光衣服群殴」(2014年10月13日)
不倫への報復が「公開処刑」のようになる理由
このような事件では、浮気をされたという怒りだけでなく、相手を周囲の人々に辱めることが制裁の一部になっていると考えられる。
相手を街中で暴行し、衣服を脱がせ、大勢の人間に見せる。そして、その映像や写真をネット上に公開する。
そこには、自分たちが相手を罰する権利を持っているかのような振る舞いが見られる。
しかし、不倫の有無にかかわらず、他人を暴行したり、裸にして辱めたりすることが正当化されるわけではない。
ましてや、相手が本当に不倫をしていたのかさえ分からない事件で、そのような行為が行われているのであれば、なおさらだ。
この事件は、被害者をその場で辱める暴力と、ネット上での集団的な制裁が結びついた例ともいえる。
中国のいじめ・暴行動画で使われる中国語とその意味
中国のニュースサイトやSNSでは、校内暴力、強制脱衣、不倫への報復、ネット上での晒し行為などに、それぞれ異なる中国語の表現が使われている。
こうした事件を扱う報道で見られる言葉と、関連する中国語をまとめた。中国大陸で使われる簡体字表記を中心に掲載している。
| 中国語 | 日本語での意味 |
|---|---|
| 校园暴力 | 校内暴力・学校での暴行 |
| 校园霸凌 | 校内いじめ |
| 校园欺凌 | 校内いじめ。公的文書でも使われる表現 |
| 集体霸凌 | 集団によるいじめ |
| 围殴 | 複数人で取り囲んで暴行すること |
| 扒衣 | 衣服を無理やり脱がせること |
| 扒光衣服 | 衣服をすべて脱がせること |
| 强迫脱衣 | 脱衣を強制すること |
| 脱衣羞辱 | 衣服を脱がせて辱めること |
| 当众羞辱 | 人前で辱めること |
| 小三 | 愛人・不倫相手を指す俗語 |
| 打小三 | 不倫相手とされる人物への暴行 |
| 抓小三 | 不倫相手を捕まえる、問い詰めること |
| 原配 | 正妻・元からの配偶者 |
| 捉奸 | 浮気現場を押さえること |
| 报复 | 報復・仕返し |
| 拍摄视频 | 動画を撮影すること |
| 视频曝光 | 動画が公開・暴露されること |
| 网络暴力 | ネット上での集団攻撃や嫌がらせ |
| 人肉搜索 | ネット上で個人を集団的に特定すること |
| 网络羞辱 | ネット上で他人を辱めること |
| 二次伤害 | 二次被害・追加的な精神的被害 |
なお、「扒衣」は必ずしも全裸を意味するわけではなく、「视频曝光」も加害目的の公開だけでなく、事件の告発や報道に使われる場合がある。実際の意味は文脈によって異なる。
なぜ暴行をわざわざ撮影してネットに投稿するのか?
そもそも、暴行の様子を撮影してネット上に公開するという行為には、奇妙なところがある。
普通に考えれば、暴行を撮影することは、自分たちの犯罪行為の証拠を残すことにもなりかねない。それなのに、なぜ自ら映像を公開してしまうのだろう。
この疑問についても、2016年のCCTVの調査が参考になる。
CCTVは、過去に校内暴力に直接または間接的に関わったことがある未成年者177人にアンケートを実施した。
そのうち、実際に他人を殴る動画を撮影し、ネット上に投稿した経験がある50人に、投稿した理由を質問している。
複数回答の結果は以下のとおりだった。
| 暴行動画を投稿した理由 | 回答割合 |
|---|---|
| 多くの人に知らせ、自慢するため | 92% |
| 刺激的で気分がよいから | 64% |
| 被害者に二次的な傷を与えるため | 62% |
最も多かったのは、暴行を大勢の人間に見せたいという回答だ。
これは非常に興味深い結果だと思う。
少なくとも調査に参加した投稿経験者の多くは、撮影した暴行動画を隠すべき証拠としてではなく、誰かに見せるためのものとして扱っていたことになる。
また、被害者にさらに傷を与えることを目的としていた回答者も6割を超えている。
つまり、動画をネット上に公開すること自体が、暴行の延長として機能しているのだ。
集団で暴行することと撮影することの関係
一人の人間を複数人で暴行する場合、そこには加害者同士の関係や、集団内での力関係も存在する。
誰かが暴力を振るい、周囲の人間が笑ったり、はやし立てたりする。その場の雰囲気によって、さらに暴力がエスカレートする可能性もある。
撮影者がいる場合には、加害者は被害者だけでなく、カメラの向こうにいる人間まで意識するようになる。
自分が相手を支配しているところを見せたい。仲間から強いと思われたい。あとで動画を見せて自慢したい。
こうした動機が存在するなら、撮影は暴行を記録するためだけのものではなく、加害行為をより大きな見せ物にする手段にもなる。
もちろん、CCTVの調査対象は限られており、これらの回答割合を中国全体の若者に当てはめることはできない。
ただし、暴力を撮影・公開する心理を考えるうえで、貴重な当事者調査といえる。
出典:CCTVによる2016年の校内暴力調査(澎湃新聞掲載)
中国のネット私刑「人肉搜索」の歴史
中国のインターネット文化を振り返るうえで、もう一つ知っておきたい言葉がある。
「人肉搜索(レンロウソウスオ)」だ。
日本語では「人肉検索」「人肉捜索」などと訳され、ネットユーザーたちが集団で情報を集め、特定の人物の氏名、住所、勤務先などを調べ上げる行為を指す。
2000年代の中国では、このようなネット上の集団的な身元特定が、いくつもの事件を通じて注目を集めるようになった。
2006年、動物虐待事件と「銅須門」事件
2006年、中国では動物虐待の画像がネット上に公開され、それを見たネットユーザーたちが関係者の身元を特定しようとする騒動が起きた。
多数の人間が情報を持ち寄り、撮影場所や関係者を調べ上げる。この事件は、人肉搜索が全国的に注目されるきっかけの一つになった。
同じ2006年には、不倫疑惑をめぐる「銅須門」事件も発生している。
ネット上で公開された不倫疑惑をきっかけに、疑惑の相手とされた男性の個人情報が次々と特定され、氏名や学校などが晒された。
このような集団的な行動には、問題を明らかにするという側面がある一方、真偽の確認されていない情報が拡散されたり、無関係な人間が巻き込まれたりする危険がある。
そして、一度ネット上で悪者として扱われると、その人間の私生活まで攻撃の対象になってしまう。
2008年にはCCTVも「人肉搜索」を取り上げ、その行為が個人のプライバシーや法的責任とどのように関わるのかを特集している。
参考:CCTV「人肉搜索『罪』与『罚』」(2008年9月・新浪網転載)
ネット上の集団制裁と公開羞辱の共通点
人肉搜索と、ここまで紹介してきた集団暴行や強制脱衣は、もちろん同じ行為ではない。
また、人肉搜索の流行が校内暴力や脱衣暴行を引き起こしたと証明されているわけでもない。
ただし、両者には一つの共通点がある。
それは、特定の人間を攻撃の対象として定め、大勢の第三者を巻き込んで制裁しようとすることだ。
不倫相手だと決めつけられた女性の写真が拡散される事件も、学校内で撮影された暴行動画がネット上で広まる事件も、当事者同士の問題だったはずの出来事が、無関係な第三者を巻き込む騒動へと変わっていく。
そして、動画や写真を見る人間が増えるほど、被害者の受ける影響も大きくなる。
現実世界での暴力とインターネット上の集団攻撃が結びつくと、加害行為が一度きりで終わらなくなるのだ。
中国ではこうした暴行や動画の公開は違法にならないのか?
ここまで紹介してきた行為は、中国でも当然ながら法的な問題になり得る。
他人への暴行、強制脱衣、侮辱、プライバシーを侵害する画像の公開などは、行為の内容や被害の程度に応じて刑事責任や民事責任が問われる可能性がある。
実際、2014年の濮陽県の事件では、警察が関係者について刑事事件として捜査を行っている。
さらに中国では、未成年者へのネットいじめを規制する法制度も整備されてきた。
2021年6月に施行された改正「未成年人保護法」の第77条では、文章や画像、音声、動画などを利用して未成年者を侮辱したり、脅迫したり、悪意をもって名誉やイメージを傷つけたりするネットいじめを禁止している。
また、被害者や保護者がネットサービスの運営者に削除や遮断などの措置を求める権利も定められた。
2024年1月に施行された「未成年人網絡保護條例」でも、未成年者へのネットいじめの防止や、問題のある情報に対する対応が規定されている。
しかし、法律が整備されたからといって、すべての事件を未然に防げるわけではない。
動画が拡散してから事件が発覚することもあり、被害者の保護や情報の削除がどこまで迅速に行われるのかという問題は残っている。
参考資料:
中国教育部「中華人民共和国未成年人保護法」
中国教育部「未成年人網絡保護條例」
日本でも広がる「いじめ暴行動画」の撮影とSNS投稿
ここまで中国語圏で起きた暴行動画の問題を紹介してきたが、似たような問題は日本でも起きている。
2026年1月、日本各地で児童生徒による暴行の様子を撮影した動画がSNS上に相次いで投稿・拡散され、大きな社会問題となった。
文部科学省は1月14日、各地の教育委員会に対して緊急の対応を要請する会議を開催。1月30日には、全国の学校や教育関係者に向けて正式な通知を出している。
通知の中では、暴行やいじめそのものに加え、SNSへの投稿・拡散によって新たな人権侵害が起きる危険性も指摘された。
また、動画が拡散するまで学校側が暴行やいじめを認知していなかった事例があったことも明らかにされている。
こうした状況を受け、文部科学省は同年3月2日に、暴行動画の投稿やSNSでの炎上を題材にした動画教材をYouTubeで公開した。
上に掲載したのは、国際大学の山口真一教授が、暴行動画の拡散やSNS炎上の仕組み、個人情報やプライバシーに関する問題を解説する公式教材だ。
2003年の香港と2026年の日本
2003年の香港で、男子生徒が集団暴行を受ける様子を撮影した映像がネット上に流出したことは、先ほど紹介したとおりだ。
それから20年以上が過ぎた現在、暴行を撮影して公開するまでの手間は格段に小さくなった。
スマートフォンさえあれば、その場で撮影し、数分後には世界中の人間に映像を公開できてしまう。
日本で問題になった動画のすべてに、中国の事件で見られるような強制脱衣や公開羞辱が伴っていたわけではない。
しかし、暴行を撮影する者、それを面白がって見る者、ネット上に拡散する者が存在するという点では共通している。
また、動画が公開されることには、隠されていた暴行事件が明るみに出るという側面もある。
証拠として撮影した映像を警察や学校に提出することと、相手を辱めるためにネット上に晒すことは、まったく異なる行為だ。
一方、告発を目的とした公開であっても、被害者の顔や名前、学校などが広まれば、新たな被害につながる可能性がある。
なお、こうした動画の発生件数が日本で昔より増えているのかどうかは、動画の撮影・投稿に限った統計が必要になる。近年目立っていることと、実際の件数が増加していることは区別して考えたい。
ただ、少なくとも2026年の日本では、暴行動画の撮影・投稿・拡散が、国の教育行政を動かすほどの問題になっている。
出典:文部科学省「SNS上における暴力行為等の動画の投稿・拡散を受けた緊急の対応等について」(2026年1月30日)
あとがき:暴力を撮影し、他人に見せたいという心理
今回、2003年の香港から2026年の日本まで、暴行を撮影してネット上に公開する事件を振り返ってみた。
暴力を振るうこと自体も理解し難いが、その様子をわざわざ撮影し、大勢の人間に見せようとする行動はさらに奇妙に感じる。
しかし、2016年にCCTVが行ったアンケートでは、暴行動画を投稿した経験のある未成年者の92%が、多くの人に知らせ、自慢するためだったと回答している。
つまり、少なくとも一部の加害者にとって、暴力は相手を傷つける行為であると同時に、自分の力を周囲に見せつけるための行為にもなっていた。
さらに、相手を裸にして辱めたり、撮影した映像をネットに公開したりすれば、暴行が終わった後も被害者を傷つけ続けることができてしまう。
不倫相手とされた女性への報復でも、学校内での集団いじめでも、そこには他人を大勢の前で辱めるという共通した構造が見られる。
もちろん、こうした行為を中国人の国民性だけで説明することはできない。暴力の撮影やネット上での集団攻撃は、日本を含むほかの国々でも起きている。
むしろ、他人を支配したい、辱めたい、自分の力を見せつけたいという欲求が、撮影技術やインターネットと結びついたときに何が起こるのか。そのことを考える必要があるのだと思う。
2003年、香港の一人の男子生徒が暴行を受ける様子を撮影した映像は、12年後にも再びネット上に広まった。
そして2026年の日本では、暴行動画のSNS拡散が社会問題となり、文部科学省が緊急対応を求める事態にまでなっている。
撮影機材もネット環境も、この20年で大きく変わった。
しかし、暴力を振るい、その様子を誰かに見せたいという人間の心理は、そう簡単には変わらないのかもしれない。
暴行そのものは数分で終わるかもしれない。それでも、一度ネット上に公開された映像が、いつまで被害者を苦しめ続けるのかは誰にも分からない。



コメント