アジアンエステにハマっていた人なら、一度くらいはこの名前を目にしたことがあるかもしれない。
満蘭
現在はサイトそのものが消えてしまっているが、2000年代のアジアンエステ界隈ではかなり存在感のある口コミサイトだった。
店の評判を知りたい。
実際に行った人の感想を読みたい。
どこかにまだ知られていない当たり店はないものか。
そんな男たちが集まり、情報を持ち寄っていた場所のひとつが満蘭だった。
今でこそメンズエステや風俗関係の口コミは検索すればいくらでも出てくる。しかし、満蘭が勢いを持っていた頃はまだ事情が違う。
今回は、残っている当時の記録や利用者の回顧を手掛かりに、満蘭がどんなサイトだったのか、なぜ人が集まり、そしてどのように消えていったのかを振り返ってみたい。
なお、閉鎖前後については利用者同士のトラブルなどをめぐる話も残っている。ただし、古いネット上の書き込みには伝聞や私怨が混ざっている可能性もあるため、特定個人の名前は出さず、確認できる範囲の話にとどめている。
満蘭はどんなサイトだったのか

満蘭は、中国式エステ、韓国式エステ、タイ古式マッサージなど、当時のいわゆるアジアンエステを中心に扱っていた情報サイトだった。
実際に利用した人間が体験談や店の情報を書き込める掲示板がメインコンテンツ。
「この店は良かった」
「〇〇は地雷」
「追加無しで基だった」
そんな生の情報が利用者同士で飛び交う。
今なら珍しくもない仕組みだが、ネット上に店舗情報そのものが少なかった2000年代前半、この手の口コミはかなり貴重だった。
しかも満蘭は、単なる情報検索の場所だけではなかった。
頻繁に書き込む常連が固定のハンドルネームを使い、お互いの投稿を覚え、店の話から雑談まで交わす。
実際に利用者同士が集まる座談会やオフ会のような交流もあったとされ、いつしかひとつのコミュニティとして成立していた。
全盛期には店の客入りを左右するほどの影響力も

確認できる記録をたどると、満蘭は少なくとも2000年代初頭にはすでに動いており、2000年代前半から半ばにかけて特に大きな存在感を持っていたとみられる。
古参利用者の回顧には、人気店ランキングのような企画が行われていたという話も残っている。
当時は中国式エステや韓国式エステ、回春マッサージなどの店が各地に増えていた一方、公式サイトだけを見ても実際のサービス内容までは分からないことが多かったしそもそもアジアンエステ的なお店は警察に許可を取って営業している風俗店とは違い、基本的にはリラクゼーション店。
つまり性的サービスがあったとしても公にあるとは宣伝出来ない業種。
だからこそ、
「実際に行ってきた人の報告」
に価値があった。
さらに満蘭の知名度が上がると、そこで紹介された店に利用客が集中することもあったという。
それまでそれほど混んでいなかった店が、満蘭に良い口コミを書かれたことで急に混み始める。
現在ならSNSで店がバズる現象に近いが、当時は情報源そのものが少ない。
ひとつの口コミサイトが持つ影響力は、今よりずっと大きかったのかもしれない。
大きくなりすぎた満蘭と口コミの変化

ただ、口コミサイトは影響力を持てば持つほど難しくなる。
2000年代後半になると、古くから利用していた人たちの記録にも、
口コミの信憑性が落ちた。
宣伝と思われる書き込みが増えた。
荒らしや捨てハンドルが目立つようになった。
昔からいた常連が減った。
そんな不満が見られるようになる。
満蘭に書かれる内容が店の客入りを左右するほどになれば、当然ながら店側にとっても無視できない存在になる。
自分の店を褒める書き込みなのか。
本当に客が書いた感想なのか。
ライバル店を意識した投稿ではないのか。
読む側がそう疑い始めれば、口コミサイトとしての価値は少しずつ失われていく。
満蘭には広告媒体としての側面もあり、古参利用者の中には「以前より店側の影響が強くなったように感じる」と不満を持った人もいたようだ。
後年には広告や記事掲載をめぐるさまざまな噂も残っているが、店側から聞いたという伝聞や利用者の推測も多い。
そのため、現在確認できる材料だけで運営側が何か不正をしていたと断定することはできない。
ただ、
「昔ほど純粋な口コミサイトとして信用されなくなっていた」
という空気があったことは確かだろう。
迷路亭愛口コミサイトって、影響力を持つ前は本音が集まりやすい。でも影響力を持った瞬間に、その口コミを利用したい人まで集まってくる。なかなか難しいところよね。
爆サイをはじめとする他サイトに利用者を奪われ、満蘭は次第に過疎っていった


満蘭が衰退していった理由は、サイト内部の問題だけではない。
それ以上に大きかったと思われるのが、爆サイをはじめとする他サイトの台頭だ。
特に爆サイには、外国人系メンズエステやアジアンエステ、リフレ、タイマッサージなどを扱う掲示板があり、地域別・店舗別にかなり細かく情報交換が行われるようになっていった。
話題も満蘭とかなり近い。
「この店どうだった?」
「最近あの子いる?」
「サービスはどんな感じ?」
「○○駅周辺ならどこがいい?」
といった、かつて満蘭で盛んに交わされていたような情報が、より利用者の多い掲示板でも手に入るようになった。
満蘭が全盛期だった頃は、この手の情報を探すなら満蘭へ行く意味が大きかった。
しかし爆サイ等の大手サイトに書き込みが集まり始めると、状況は変わってくる。
人が多い場所には新しい情報が集まる。
新しい情報があるから、さらに人が集まる。
反対に、書き込みが減ったサイトは情報の更新速度も落ち、わざわざ見に行く理由が少なくなる。
満蘭は次第に、この逆回転へ入っていったように見える。
2000年代後半以降には個人のアジアンエステ体験ブログなども増え、満蘭以外から情報を得る方法そのものが増えていた。
その中でも爆サイは、満蘭と非常に近いジャンルの情報を匿名で交換でき、しかもサイト全体の利用者数でははるかに大きな存在だった。
満蘭に書き込んでいた人、満蘭を見て店を探していた人の一部が、より人の多い場所へ移っていったとしても不思議ではない。
さらに満蘭の衰退期には、本家とは別の類似掲示板や周辺コミュニティも登場している。
つまり、
「アジアンエステ情報ならまずは満蘭」
という時代そのものが終わっていた。
満蘭の過疎化は、サイト内部の荒れだけでなく、ネット上にもっと大きく、書き込みの活発な受け皿が次々と現れたこともかなり大きかったのだと思う。
満蘭はいつ、なぜ閉鎖したのか


満蘭について最も曖昧なのが、閉鎖した正確な時期と理由だ。
現在確認できる範囲では、
「○月○日をもって終了します」
というような公式の閉鎖告知は見つかっていない。
ただし、利用者の記録を追うことで時期はある程度絞り込める。
2014年には、まだ満蘭を閲覧していた利用者の記録が残っている。
もっとも、この頃にはすでに「あまり盛り上がっていない」「宣伝らしき投稿が目立つ」といった評価もあり、サイト自体は残っていても全盛期の勢いはかなり失われていたようだ。
2016年11月には、別の掲示板で「満蘭が終了したようだ」という話が出ている。
ところが、その直後には書き込んだ本人が「まだ動いていた」と訂正している。
そして2017年夏には「満蘭が見られない」という書き込みが確認できる。
そのため、完全に閲覧できなくなった時期については、
2016年末から2017年夏頃までのどこか
と考えるのが現時点では自然だろう。
では、なぜ閉鎖したのか。
これについては、はっきりした答えが残っていない。
運営者による明確な説明が確認できない以上、
「これが原因で満蘭は閉鎖した」
と断定することはできない。
ただし、閉鎖する何年も前から衰退が進んでいたことは見えてくる。
口コミへの信頼低下。
宣伝や荒らし。
古参利用者の減少。
個人ブログや別の掲示板への情報分散。
利用者コミュニティの分裂。
そして晩年には、ほとんど更新されていないような状態だったという話も残っている。
何かひとつの事件で突然消滅したというより、長い時間をかけて利用者が減り、役割を失い、最後は静かに姿を消した。
そう考える方が、残っている記録とは整合する。
閉鎖をめぐる噂もいろいろ残っている
当然ながら、満蘭が衰退し閉鎖していく過程については、さまざまな噂も残っている。
一部の利用者同士が激しく対立していた。
特定の常連の言動によって掲示板が荒れた。
本家とは別の掲示板が作られ、そちらへ利用者が移った。
コミュニティ内部で揉め事が続いていた。
こうした話は、後年の掲示板などを探すといくつも出てくる。
ただ、このあたりはかなり慎重に扱った方がいい。
古い匿名掲示板の人間関係では、語る人によって「誰が悪かったのか」が違うことも珍しくない。
当事者同士の過去の確執や私怨まで混ざってしまえば、何年も経った現在から真相を判断するのは難しい。
少なくとも2000年代半ばにはすでに、荒らしの増加や固定ハンドルの減少を嘆く声が出ていた。
そのため、閉鎖直前に何らかの大きな揉め事があったとしても、それひとつだけが満蘭を終わらせたと考えるのは無理がある。
サイトそのものが長い時間をかけて弱っていく中で、利用者同士の対立やコミュニティの分裂も重なった。
その程度に捉えておくのがよさそうだ。
満蘭のあの古臭いUIとアバターアイコンが懐かしい
今振り返ると、満蘭はかなり「昔のインターネット」らしいサイトだった。
まだ店の情報が十分に検索できなかった時代。
誰かが実際に店へ行き、
「俺が行ってきたから教えてやる」
と書く。
それを読んだ別の誰かが今度は別の店へ行き、また情報を書き込む。
そんな積み重ねから口コミサイトが育ち、そこに常連が生まれ、コミュニティが形成されていった。
ところが、影響力が大きくなると店側や宣伝目的の投稿も入り込み、純粋な口コミなのか分からなくなる。
やがてネット全体に情報が増え、利用者は個人ブログや別の掲示板へ散っていく。
そして最後は、正確な閉鎖日すらよく分からないまま静かに消えていった。
このあたりまで含めて、なんとも昔らしい。
満蘭が使いやすかった時代もあれば、かなり荒れてしまった時代もあったはずだ。
それでも一時期、アジアンエステやチャイエスが好きな男たちが毎日のように集まり、怪しい雑居ビルの店について真剣に情報交換していた場所があった。
今となっては、満蘭そのものだけでなく、あの手のサイトを巡回していた時間や、そこで交わされていた濃いネット文化まで含めて懐かしい。



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