昭和の風俗業界には、現在ではほとんど見かけなくなった奇妙なサービスが数多く存在していた。
ノーパン喫茶、のぞき部屋、個室ヌード、デート喫茶など、1980年代は新しい業態が次々と登場した時代である。
そんな中でも、とりわけ変わった仕組みを持っていたのが「ラッキーホール」だ。
客とサービスを提供する女性の間には一枚の壁。その壁に開けられた穴を使って性的なサービスを受けるという、極めて単純な構造だった。
当時の風俗店としては珍しく、客は相手の顔を見ることすらできない。それでも商売として成立していたというのだから、なかなか興味深い。
ラッキーホールとは?どんなサービスだったのか

ラッキーホールは、1980年代の日本で登場した性風俗の一形態である。
基本的な仕組みは、男性客が個室に入り、壁に開けられた穴を通じて、その向こう側にいる相手から性的サービスを受けるというもの。
一般的には女性スタッフによる手を使ったサービスが中心で、壁を挟んでいるため、客とスタッフは互いの顔を合わせる必要がなかった。
風俗ジャーナリストの生駒明氏も、2025年8月19日公開のFRIDAYデジタルの記事で、ラッキーホールを1980年代前半のニュー風俗の一つとして紹介している。
顔も姿も見えないサービス
ラッキーホールの特徴は、なんといっても相手の姿が見えないことだった。
普通の風俗店では、女性の容姿や接客内容が店選びの重要な要素となる。しかし、ラッキーホールでは客が確認できる情報が極端に少ない。
壁の向こう側の相手を直接見ることなくサービスを受ける。そのため、相手の容姿や年齢よりも、サービスそのものを売り物にする業態だった。
2017年に公開された風俗求人サイト運営スタッフの回顧記事によれば、店舗によってはマジックミラーを設けたり、手を通す別の穴を用意したり、異なるサービスのコースを提供したりする例もあったという。
ただし、こうした設備がどの程度普及していたのか、店舗ごとの実態までは明らかになっていない。
1980年代のニュー風俗ブームとラッキーホール

ラッキーホールが登場した1980年代前半は、日本の風俗業界が大きく変化していた時期だった。
1970年代後半から流行したノーパン喫茶をはじめ、のぞき部屋、個室ヌード、イメクラ、ファッションヘルスなど、従来のソープランドやピンクサロンとは異なる新しいサービスが次々と登場した。
これらは「ニュー風俗」と呼ばれ、1980年代前半の風俗文化を特徴づける存在となった。
2003年刊行の『日本風俗業大全 欲望の半世紀』でも、1983年の項目にラッキーホールが掲載されている。昭和館デジタルアーカイブの書誌情報から、その記録を確認できる。
1984年には風営法の大改正が行われ、翌1985年に施行。性風俗産業に対する規制が強化され、業界全体が転換期を迎えることになる。
ラッキーホールもこうした時代の中で存在感を示した業態だったが、その後は一般的な風俗店として見かける機会が少なくなっていった。
写真家・荒木経惟も記録したラッキーホール
昭和のラッキーホールを知るうえで欠かせない資料の一つが、写真家・荒木経惟の写真集『東京ラッキーホール』である。
1990年に太田出版から刊行されたこの写真集は、1983年から1987年にかけての東京の風俗文化を記録した作品だ。
舞台となったのは新宿・歌舞伎町を中心とする歓楽街。ノーパン喫茶やのぞき部屋など、当時の多種多様な風俗店が取り上げられている。
荒木は後年の日刊ゲンダイのインタビューで、当時出会ったラッキーホールについて語っている。
その店では、壁に松田聖子の顔写真が貼られ、その下に女性の裸を模した絵が描かれていたという。そして股間に当たる位置には穴が開けられていた。
つまり、壁に描かれた女性を相手にしているように見せる工夫まであったわけだ。
荒木はそうした店の存在に当時の東京の性風俗文化を感じ、写真集のタイトルにも「ラッキーホール」を採用した。
『東京ラッキーホール』は、今となっては貴重な昭和末期の風俗文化の記録となっている。
ラッキーホールは英語で「グローリーホール」
日本で「ラッキーホール」と呼ばれてきた仕組みは、英語圏では一般に「グローリーホール(Glory Hole)」と呼ばれる。
どちらも壁や仕切りに穴を設け、その穴を通じて性的な行為を行うという基本的な構造は同じである。
ただし、日本でラッキーホールという言葉が1980年代の風俗店を指して使われたのに対し、英語のグローリーホールは、より広く壁穴を使った性的行為や設備を表す言葉として用いられている。
海外では男性同士の性的な交流とも関係が深く、公衆トイレの仕切り壁に開けられた穴などもグローリーホールと呼ばれる。
一方、現在では専用の設備を設けた店舗も存在するため、グローリーホールが必ずしも公衆トイレにあるものを意味するわけではない。
ラッキーホールは現在の日本にも存在する?
2026年10月現在、調べた範囲では、日本国内で昭和のラッキーホールと同様に女性スタッフが壁の向こう側からサービスを提供する、営業中の風俗店は確認できなかった。
ただし、グローリーホールの設備そのものが日本から消えたわけではない。
現在も男性同士が利用するハッテン場などで、壁穴を使った設備が設けられている。
GLORY HOLE OSAKA(大阪・難波)
大阪・難波にある「GLORY HOLE OSAKA」は、2024年7月にオープンした男性同士の交流を目的とする施設。
公式サイトでは、グローリーホール用の「尺穴BOX」を5か所設置していると案内されている。
昭和の女性スタッフによるラッキーホールとは営業形態が異なるものの、壁の穴を利用する仕組みを備えた国内施設の一つだ。
- 所在地:大阪府大阪市中央区難波2-3-1 アザミ難波ビル3階
- アクセス:なんばウォークB6・B8出口から徒歩約1分
- 営業時間:13:00~23:00
- 公式サイト:GLORY HOLE OSAKA
GLORY HOLE BAR(東京・上野)
東京・上野には「GLORY HOLE BAR」という男性向けのクルージングバーがある。
こちらも男性同士の交流を目的とする店舗で、性的サービスを提供する女性スタッフが待機する昭和型の風俗店とは異なる。
- 所在地:東京都台東区上野2-8-2 カミムラビル2階
- アクセス:上野広小路駅から徒歩約2分
- 公式サイト:GLORY HOLE BAR
いずれの店舗も男性向け施設であり、利用条件や料金、営業状況は公式サイトで確認してほしい。
実は壁の向こうにいたのは女性ではなかった?
昭和のラッキーホールには、もう一つ気になる話がある。
それは、壁の向こう側でサービスをしていたのが、必ずしも女性とは限らなかったのではないかという話だ。
そもそも客からは相手の顔が見えない。店側が女性だと説明していても、客がそれを直接確認することは難しかった。
2017年公開の風俗求人サイト運営スタッフによる回顧記事では、姿が見えない仕組みゆえに、スタッフの容姿や年齢、場合によっては性別すら問われなかった可能性が語られている。
となると、「実は向こう側にいたのは男性だったのではないか」と想像する余地もある。
もっとも、男性スタッフが実際に担当していたと裏付けられる具体的な店舗記録や証言については確認できていない。そのため、実話として断定できるものではない。
ただ、客とスタッフが顔を合わせないという構造だった以上、そうした疑問が浮かぶのも不思議ではない。
壁の穴の向こうにいたのがどんな人物だったのか。それを知らずにサービスを受けることも含めて、昭和のラッキーホールという風俗だったのかもしれない。
迷路亭愛それにしても、向こう側に誰がいるかも分からないのに「ラッキーホール」って、なかなか思い切った名前よね。



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