「ハッテン場」という言葉を聞いたことはあるだろうか。
ネットでは何となく「ゲイの男性が集まる場所」という意味で使われることも多いが、実はかなり長い歴史を持つ言葉でもある。
しかも、「ハッテン場」という名前の施設があるわけではない。男性同士の出会いの場所として自然発生的に知られるようになった公園や映画館もあれば、最初から男性同士の交流を想定して営業する有料施設も存在する。
今回はハッテン場とは何なのか、言葉の意味や語源、いつ頃から存在する文化なのかを中心に解説。後半では、東京都内で実際にハッテン場として名前が語られてきた場所についても見ていこう。
迷路亭愛言葉だけ聞くとちょっと刺激的だけど、調べてみると「昔の男性同士はどうやって出会っていたの?」っていう文化史にもつながってくるのよ。
ハッテン場とは?どんな場所を意味する言葉?


ハッテン場(発展場)とは、主に男性同士が出会いや性的な関係を求めて集まる場所を指す俗称。
主にゲイ男性やバイセクシュアル男性の間で使われてきた言葉で、必ずしも「そこで性行為をする場所」だけを意味するわけではない。
相手を探す場所、同じ目的の男性が集まる場所、そこで知り合った相手と別の場所へ移動するための出会いの場なども、広い意味ではハッテン場と呼ばれてきた。
さらに厄介なのが、ハッテン場がひとつの業種を指す言葉ではないという点。
昔から名前が挙がってきたものには公園や映画館などがあり、現在では男性向けのサウナ型施設、ビデオボックス型施設、宿泊設備を備えた施設なども存在する。
つまり、一般の場所が口コミなどによって出会いの場になった「自然発生型」と、最初から男性同士の出会いや交流を想定して営業する「専用施設型」があると考えると分かりやすい。



普通の公園がいつの間にかそう呼ばれるようになったケースと、最初から男性向けに営業している施設はまったく別物なの。ここは意外と混同されやすいところね。
「ハッテン」の語源はなぜ「発展」なの?


では、なぜ男性同士の出会いを「ハッテン」と呼ぶようになったのだろうか。
分かりやすい説明としてよく知られているのが、「知り合った二人の関係が発展する」ことから発展・ハッテンと呼ばれるようになったというもの。
ただし、この言葉の成立については諸説あり、単純に「二人の関係が発展するから」とだけ説明できるわけではない。
「ますますのご発展を」が語源になったという説
もうひとつ有名なのが、高度経済成長期などに使われていた「ますますのご発展を」という挨拶を、ゲイ男性たちがしゃれとして使い始めたという説。
本来は会社や商売の繁栄を願う言葉だが、それを「いい男との出会いがありますように」「二人の関係が発展しますように」といった意味に重ねたというわけだ。
そこから男性同士の性的な出会いそのものを「ハッテン」と呼ぶようになり、その場所が「ハッテン場」と呼ばれるようになったとされている。
現在では通常の「発展」と区別しやすいこともあり、漢字よりも「ハッテン」「ハッテン場」とカタカナを交えて表記されることが多い。



「今後ますますのご発展を」の発展を、そっちの意味に掛けちゃったのね。こういう隠語って、その時代の空気が残っていて面白いわ。
ハッテン場はいつから存在していた?


「ハッテン場」という言葉が生まれる以前から、男性同士が出会う場所そのものは存在していた。
戦前にも公園や映画館などが男性同性愛者の出会いの場として利用されていたとされ、戦後になるとそうした場所の存在がさらに知られるようになる。
特に東京の歴史で有名なのが上野公園。
終戦直後の上野には男性客を相手にする男娼が集まり、上野公園周辺は後に「男娼の森」と呼ばれるほど知られるようになった。
現在の感覚からすると特殊な光景に思えるが、当時は自分が男性を好きだと公言して相手を探すこと自体が難しい時代。
同じ性的指向を持つ人がどこにいるのかを知る手段も少なく、口コミによって「男性同士が出会える場所」が形成されていった。



今ならスマホを開けば同じセクシュアリティの人を探せるけど、昔は「どこへ行けば会えるのか」を知ること自体が難しかったのよ。
ゲイ雑誌がハッテン場の情報を広げていった


ハッテン場文化を語るうえで欠かせないのがゲイ雑誌の存在だ。
1960年代には男性同性愛者向けの通信欄などが雑誌に掲載されるようになり、1971年には日本を代表する商業ゲイ雑誌のひとつとなる『薔薇族』が創刊された。
こうした雑誌には読み物だけでなく、読者同士がつながるための通信欄やゲイバー、男性同士の出会いに関する情報なども掲載されていた。
ネット検索もSNSも存在しない時代、雑誌は「同じ男性を好きな人がどこにいるのか」を知るための重要な情報源だった。
口コミだけで伝わっていた場所が雑誌を通じて広く知られるようになり、それまで地域限定だったハッテン場の情報が遠方まで伝わっていったケースもあったと考えられる。



今のSNSや掲示板の役割を、当時は雑誌が担っていたのね。地方に住んでいた人にとっては、かなり貴重な情報だったはずよ。
なぜ公園や映画館がハッテン場になったの?


昔のハッテン場について調べると、やたらと公園と映画館の名前が登場する。
これにはいくつか理由がある。
まず公園は誰でも自由に出入りできるため、そこにいること自体が不自然ではない。利用料金もかからず、大都市なら駅から近い場所にも数多く存在する。
映画館も同様で、館内が暗く、ひとりで長時間滞在していても不自然ではない。特に昔の名画座や成人映画館などには、男性客が何時間も滞在する光景が珍しくなかった。
こうした匿名性の高さと人の出入りの多さが、男性同士の出会いの場が自然発生する条件になったと考えられる。
もちろん、公園や一般の映画館が最初からそうした目的で作られたわけではない。
利用者同士の口コミによって「ここへ行けば同じ男性を探している人がいる」と知られるようになり、結果としてハッテン場というイメージが定着していったわけだ。
都内でハッテン場との噂がある場所一覧


東京には現在まで、ハッテン場として名前が語られてきた公園や地域がいくつも存在する。
ここでは歴史資料やゲイ向け情報などで継続的に名前が確認されてきた場所を中心にまとめた。
なお、下記の「信憑性」は現在そこで何かが行われている確率ではなく、ハッテン場として語られてきた歴史や情報量の多さを5段階で表したもの。
公園系
| 名称 | 短評 | 信憑性 |
|---|---|---|
| 夢の島公園 | 研究資料にもハッテン場として登場したことがある、都内では非常に有名な場所 | ★★★★★ |
| 上野恩賜公園 | 戦後の「男娼の森」にまで遡る歴史を持つ、東京の男性同性愛文化史でも有名な場所 | ★★★★★ |
| 日比谷公園 | 戦後から男性同士の出会いの場所として名前が語られてきた古参スポット | ★★★★★ |
| 代々木公園 | 過去のゲイ雑誌などでも男性同士の出会いの場所として取り上げられてきた | ★★★★☆ |
| 新宿中央公園 | 新宿二丁目とは別に、西新宿方面のスポットとして長く名前が挙がってきた | ★★★★☆ |
| 隅田公園 | 浅草周辺のゲイ文化とともに、男性同士の出会いの場所として名前が挙がる | ★★★★☆ |
| 砧公園 | 世田谷方面の大型公園として、ゲイ向け情報などで継続的に名前が登場する | ★★★★☆ |
| 平和島公園 | 大田区方面でハッテン場との噂が長く掲載されてきた場所のひとつ | ★★★☆☆ |
中でも特に有名なのが夢の島公園と上野恩賜公園。
夢の島公園はゲイ・バイセクシュアル男性の出会いの場を扱った研究資料にも登場しており、単なるネット上の都市伝説だけでは片付けられない。
上野はさらに歴史が古く、戦後の男娼文化から男性同士の出会いの歴史をたどる際には頻繁に名前が出てくる。
サウナ・入浴施設系
| 名称 | 短評 | 信憑性 |
|---|---|---|
| 24会館 新宿店 | 新宿二丁目にある老舗の男性向け施設。公式でも「ゲイ向けホテル&サウナ」と明記されているため、こちらは単なる噂ではない | ★★★★★ |
| 24会館 上野店 | 上野エリアを代表する男性向けサウナのひとつ。ゲイ向け施設として長く営業している | ★★★★★ |
| 24会館 浅草店 | 浅草にある同系列のゲイ向けホテル&サウナ。浅草の男性同性愛文化を語る際にも名前が挙がる施設 | ★★★★★ |
| 大番会館 新宿店 | 歌舞伎町にある老舗の男性向けサウナ・宿泊施設。ゲイ向け情報サイトでもハッテン場・ゲイサウナとして掲載されている | ★★★★★ |
サウナ系については、一般的な銭湯やサウナに「そういう噂がある」というケースも存在するが、店側とは無関係に広まった話も少なくない。そのため、ここでは男性向け・ゲイ向け施設として営業していることが確認できる店だけを掲載した。
映画館系
| 名称 | 短評 | 信憑性 |
|---|---|---|
| 上野オークラ劇場 | 現在も営業する上野の成人映画館。映画鑑賞とは別に、男性同士の出会いの場所として語られてきた例が非常に多い | ★★★★★ |
| 上野特選劇場 | 上野オークラ劇場と同じ建物にある成人映画館。男性同士のハッテン映画館として体験談や情報が長く残っている | ★★★★★ |
| シネロマン池袋 | 池袋駅近くで現在も営業する成人映画館。上野ほど有名ではないものの、男性同士の出会いの場所として語られることがある | ★★★★☆ |
成人映画館とハッテン文化の関係はかなり古い。暗い館内で長時間過ごせることや、一人で入館しても不自然ではないことから、映画館は公園と並んで昔から男性同士の出会いの場所として利用されてきた。
公衆トイレ系
| 名称 | 短評 | 信憑性 |
|---|---|---|
| 旧・上野駅13番線ホーム男子トイレ | かつて東京でも特に有名だったとされる場所。「伝説のハッテントイレ」とまで語られたが、旧トイレはすでに撤去・移設されており現存しない | ★★★★★ |
公衆トイレも、かつては公園や映画館と並んで男性同士の出会いの場所として語られることがあった。
その中でも特に有名だったのがJR上野駅13番線ホームに存在した旧男子トイレ。ネットが普及した2000年代以降も「上野駅の有名なハッテン場」として繰り返し話題になり、都市伝説のような知名度を持っていた。
ただし、このトイレは2016年頃までに場所が変更され、旧トイレそのものは撤去済み。跡地周辺も現在は別の用途に変わっており、現在の上野駅にかつての「13番線ハッテントイレ」がそのまま残っているわけではない。



ネットで急に生まれた噂だと思ったら、何十年も前から名前が残っている場所まであるのね。東京の裏の歴史を見ているみたいで興味深いわ。
新宿二丁目とハッテン場にはどんな関係がある?


東京のゲイ文化と聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのが新宿二丁目だろう。
ただし、新宿二丁目そのものを「巨大なハッテン場」と考えるのは少し違う。
新宿二丁目はゲイバーをはじめ、さまざまな飲食店やコミュニティーが集まって形成されたゲイタウン。飲みに行く人、友人と会う人、店員との会話を楽しむ人など、訪れる目的もさまざまだ。
一方で、二丁目の発展と男性同士の出会い文化が無関係だったわけでもない。
戦後から新宿周辺には男性同士が出会う場所が存在し、ゲイバー街や専用施設などが増えるにつれて、街全体が男性同性愛者にとって重要な場所へ成長していった。



「新宿二丁目=ハッテン場」ではないのよ。飲んだり友達と話したりする普通の街でもあるけど、男性同士の出会い文化と一緒に発展してきた歴史がある、という方が近いわね。
野外ハッテン場と有料ハッテン場はまったく違う


ハッテン場という言葉で特に混同されやすいのが、公園などの公共スペースと、男性向けの有料施設。
公園などがハッテン場と呼ばれるケースでは、その場所本来の用途とは関係なく、利用者同士の口コミなどによってそうしたイメージが形成されたものだ。
一方、都市部には最初から男性客を対象として営業している施設もある。
サウナ型、宿泊型、ビデオボックス型など形態はさまざまで、料金を支払って利用する商業施設として成立している。
外観だけを見ると一般的なサウナやカプセルホテルに見える施設もあるため、そうした文化を知らない人が営業形態を見ずに入れば、想像していた施設との違いに驚くこともある。
同じ「ハッテン場」という言葉で語られていても、一般の公共空間がそう呼ばれてきたケースと、最初から男性向けとして営業している店は性質がまったく違うということだ。
スマホとマッチングアプリでハッテン場はどう変わった?


インターネット、そしてスマートフォンの登場によって、男性同士の出会い方は大きく変化した。
昔は同じ性的指向を持つ男性がどこにいるのかを知るだけでも難しく、雑誌や口コミ、特定の場所へ足を運ぶことが重要だった。
現在ではSNSやゲイ向けマッチングアプリを利用すれば、自宅にいながら近くにいる相手と連絡を取ることもできる。
そのため、公園や映画館がかつて担っていた「同じ目的の男性が集まる場所」としての役割は以前より小さくなった。
一方で、男性向けの専用施設は現在も存在し、昔からハッテン場として知られてきた場所の名前もネット上に残っている。
つまりハッテン文化そのものが消滅したというより、雑誌や口コミから掲示板、SNS、マッチングアプリへと出会い方が多様化していったと考えた方が分かりやすい。



昔は「場所」に集まらないと出会えなかったのが、今はスマホの中でも探せるようになったのね。ハッテン場の役割そのものが変わってきたわけね。
ハッテン場の歴史は「ネット以前の出会い方」の歴史でもある


「ハッテン場」と聞くと、単なる性的なスポットを想像する人も多いかもしれない。
しかし歴史をたどってみると、その背景には同じ性的指向を持つ人と簡単には出会えなかった時代が存在する。
戦後の上野、公園や映画館、ゲイ雑誌、新宿二丁目、男性向け専用施設、そして現在のマッチングアプリ。
時代が変わるたびに、男性同士が相手を探す方法も大きく変化してきた。
現在ならスマートフォンひとつで相手を探せるが、ほんの数十年前までは「同じ男性を好きな人がどこにいるのか」を知ることすら簡単ではなかった。
ハッテン場の歴史を追うことは、日本のゲイ男性がどのように相手と出会ってきたのかを追うことでもある。
普段何気なく歩いている公園や繁華街にも、表からはなかなか見えてこない、もうひとつの東京の歴史が残っている。



ちょっとエッチな言葉の語源を調べていただけなのに、気づけば東京の戦後史やゲイ文化までつながってくるのよ。こういうところが性の雑学の面白いところね。



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