「風俗嬢なんて客のことを金でしか見てないよ」
風俗の話になると、昔からよく聞く言葉である。
嬢に本気になっている男を諭す時にも使われるし、「金を払っている間だけ優しくしてくれるんだぞ」という意味でも使われる。
私も風俗に行くようになってずいぶん長い。20代の頃からちょくちょく利用しているので、気が付けば客としてもそれなりの年月を重ねてしまった。
そしてオッサンになった今、改めて思う。
風俗嬢は客を金でしか見ていない、というのはたぶん違う。
ちゃんと男として見ているし、その前に一人の人間としても見ている。
ただしこれは、客にとって必ずしも嬉しい話ではない。
「客は金」という言葉は、実はかなり優しい
まず、「客を金でしか見ていない」という状態を本気で想像してみたい。
そこにあるのは極めて単純な世界だ。
1万円払う客は1万円の客。2万円払う客は2万円の客。
若かろうがオッサンだろうが、イケメンだろうがブサイクだろうが、話が面白かろうがクソつまらなかろうが関係ない。
同じ料金を払えば同じサービス。
考えてみれば、むちゃくちゃ平等である。
財布には年齢もなければ清潔感もない。口臭もないし、説教もしない。距離感を間違えて告白してくることもない。
もし本当に客が全員「金」という一種類の物体にしか見えていないのなら、客自身がどんな男なのかなんて評価されない。
でも長年客をやってきた私の実感は、それとはかなり違う。
20代の頃は、今より明らかに得をしていた

私は20代の頃から風俗を利用している。
別に自分がものすごいイケメンだったと言いたいわけではない。
ただ、当時は若かったし、それなりに身ぎれいにはしていた。
すると時々、正規のサービスよりほんの少し扱いが良くなることがあった。
時間だったり、内容だったり、ちょっとした対応だったり。いわゆる「ラッキー本番」と呼ばれるような出来事も、昔はゼロではなかった。
もちろん、すべての嬢がそうだったわけではないし、それを当然のサービスとして要求する話でもない。
あくまで向こうの判断で、時々ちょっとした「上振れ」が発生していたという話だ。
当時は深く考えていなかった。
「今日は当たりだったな」くらいのものである。
ところが歳を取ってみると、その正体がなんとなく見えてきた。
あれは金額とは別のところで発生していた、個人的な好感のボーナスだったのではないか。
そしてオッサンになったら、そのボーナスが消えた
時は流れた。
20代だった私も、当然ながらいつまでも20代ではいられない。
ここ数年、風俗へ行っていて明確に感じる変化がある。
昔ならそのままやってくれたようなことに、追加料金やチップを求められる場面が増えた。
そして、昔たまに遭遇した「向こうのノリでサービスが上振れる」という出来事も、ほとんどなくなった。
最初は単純に、風俗業界が変わったのだと思っていた。
サービスが悪くなった。何でも追加料金になった。最近の風俗は世知辛い。
そう考える方が簡単だった。
しかし、ある時ふと思った。
変わったのは風俗だけじゃない。
私もオッサンになっている。
若くてそれなりに身ぎれいな男だった頃なら、「まあ、これくらいサービスしてあげてもいいか」と思ってもらえたものが、今では普通に「それなら追加ね」になる。
こちらとしては切ない話だが、この仮説を置くと妙に辻褄が合う。
金しか見ていないなら、若い私も今の私も同じはず
ここで最初の話に戻る。
「風俗嬢は客を金でしか見ていない」のであれば、昔の私と今の私は、基本的には同じ扱いになるはずだ。
同じ店で同じコースを選び、同じ料金を払う。
商品として考えるなら、それで話は終わる。
ところが実際の接客は、そんなに機械的ではない。
客には年齢がある。顔がある。清潔感がある。話し方がある。態度がある。そして人と人なので相性もある。
風俗に限らず、接客する側だって人間だ。
感じのいい客と嫌な客を、心の中まで完全に同じものとして扱う方が不自然だと思う。
まして風俗は、一般的な接客業よりも客との物理的・心理的な距離が近い。
仕事として愛想良く振る舞う部分は当然ある。それと同時に、「この人は好き」「この人はちょっと苦手」といった個人的な感情まで完全に消えるわけではないはずだ。
水商売やセックスワークは、研究上も単純な金銭交換だけでなく、客との相互作用や感情を扱う「感情労働」という側面から論じられている。
つまり「仕事だから全部ウソ」でもなければ、「優しくされたから全部本心」でもない。
その二つが混ざっているからややこしい。
風俗嬢は客を「男」として、そして「人間」として見ている

結局、私が今思っているのはこれである。
風俗嬢は客を金としてだけではなく、普通に男として、そして一人の人間として見ている。
だから同じ料金を払っていても、全員に対して完全に同じ感情になるわけではない。
若くて清潔感があって、話していて嫌じゃない客なら、少しくらいサービスしてもいいと思う人がいるかもしれない。
逆に、不潔だったり、横柄だったり、妙に距離を詰めてきたりする客なら、「必要なサービスだけして早く終わらせたい」と思う人がいても不思議ではない。
これは「風俗嬢も客に恋をする」なんていう夢のある話ではない。
もっと普通の話だ。
コンビニ店員にだって感じのいい客と嫌な客がいる。美容師にだって話しやすい客と苦手な客がいる。
それが、より距離の近い風俗だけ突然「全客が完全に同じ札束に見える」と考える方が、よく考えれば無理がある。
「優しくされた=惚れられた」でもない
ここで逆方向に勘違いすると危ない。
「じゃあサービスが良かった俺は、嬢から男として好かれているんだ!」という話でもない。
そこまで行くと話が飛躍しすぎている。
仕事として愛想良くする。リピーターになってほしいから丁寧に接する。単純にその日の機嫌がいい。相手に悪い印象を持っていない。ちょっと好み。
人間の感情なんて、その程度の曖昧なものが大量に混ざっている。
「仕事」と「本心」の間に、くっきり一本の線が引いてあるわけではない。
私自身、20代の頃に受けたサービスが本当に個人的な好意だったのかと聞かれたら、そんなことは本人にしか分からない。
ただ、歳を取って同じような上振れが消えてみると、「若さや見た目も多少は効いていたんだろうな」と思うようになった。それだけの話である。
客を金でしか見ていない、と思う方が実は楽なのだ
そしてここが、この話で一番嫌なところである。
「どうせ客なんて金としか思われていない」と考えていれば、自分自身は傷つかない。
そっけなくされたとしても、仕事だから。
サービスが最低限だったとしても、どうせ客なんて全員財布だから。
自分という人間への評価とは関係ないことにできる。
しかし、もし嬢がちゃんと客を一人の男、一人の人間として見ているのなら話は変わる。
若い頃は少し得をしていた。
歳を取ったら、その得がなくなった。
これはなかなか残酷である。
私自身がその現実に気付いたのも、若い頃ではなく、オッサンになってからだった。
金だけを見てくれていた方が幸せだったのかもしれない
「風俗嬢は客を金でしか見ていない」
若い頃には、なんとなく冷たい言葉に聞こえていた。
でも今では、むしろその方が優しい世界だったのではないかと思う。
実際にはちゃんと見られている。
何歳くらいなのか。清潔感はあるか。話していて楽しいか。面倒くさくないか。怖くないか。そして男として多少なりとも好感を持てる相手なのか。
そのうえで金も見られている。
若い頃の私は、その人間としての評価で少し得をしていたのかもしれない。
そしてオッサンになった今、以前なら無料で転がってきたかもしれないものに値札が付くようになった。
そう考えると少々悲しい。
しかし同時に、ひとつだけ分かったことがある。
風俗嬢は客を金でしか見ていないわけではない。
ちゃんとあなた自身も見ている。
その結果がどういう評価なのかは、また別の話だけど。


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